July 21, 2019

快挙、「9秒98!小池祐貴」、だが《何位》だったのか……。

 『産経新聞』(ディジタル版)に思はず歓声をあげたくなる記事「小池が100メートルで日本歴代2位の9秒98」が掲載されている。素晴らしいの一言だ。

https://www.sankei.com/sports/news/190721/spo1907210004-n1.html

【ロンドン=宝田将志】陸上男子短距離の小池祐貴(24)=住友電工=が20日、ロンドンで行われたダイヤモンドリーグ第10戦の100メートルで、日本歴代2位タイの9秒98をマークした。100メートルを9秒台で走った日本選手は桐生祥秀、サニブラウン・ハキームに続き3人目。

「日本歴代2位」は判った。それで、このレースでは《何位だった》のだろうか?それも知りたい。

 小池は北海道小樽市出身。中学までは野球部で、陸上は高校から本格的に始めた。慶大1年だった14年世界ジュニア選手権200メートル4位入賞。社会人1年目の18年、ジャカルタ・アジア大会200メートルで20秒23(追い風0・7メートル)と自己記録をマークし、金メダルを獲得した。

読み進めるも、小池裕貴選手の自己史に記者の関心は完全に移行してしまい、私の知りたい情報は《ない》。否、まだ記事は続いている。

18年末にANAから住友電工に移籍。5月のゴールデングランプリ大阪100メートルで当時日本歴代7位の10秒04(同1・7メートル)と自己記録を伸ばしていた。

何と、これで全部だ。「何位」なのかも、レース展開も《ない》。これが《記事の本質》なのかもしれないと悟り顔になりつつも、納得には程遠い。そこで、『サンスポ』(ディジタル版)を拝見することにする。

https://www.sanspo.com/sports/news/20190721/ath19072105020002-n1.html 

9秒98!小池祐貴、日本勢3人目9秒台「ほぼ会心のレース」/陸上

 ダイヤモンドリーグ第10戦第1日(20日、ロンドン)男子100メートル決勝で日本選手権3位の小池祐貴(24)=住友電工=が追い風0・5メートルの条件下、日本歴代2位に並ぶ9秒98をマークして4位となった。「10秒の壁」を破った3人目の日本選手。世界のトップが集うレースで自己ベストを0秒06縮めた。前日本記録保持者の桐生祥秀(23)=日本生命=は10秒13で7位だった。

 成長著しい小池が10秒の壁を突き破った。9秒98。桐生、サニブラウン・ハキーム(20)=米フロリダ大=に続く日本勢3人目の9秒台をマークして胸を張った。

《餅屋は餅屋》というべきか、さすがに『サンスポ』は偉い。さりげなく、しかし、はっきりと《4位》と書かれている。「9秒98」では「4位」なのだと、世界水準の凄さに脱帽しつつ、そう云えば、サニブラウン選手も「9秒97」をだした「全米大学体育協会」で「3位」だった。それにしても、《4位》が関心の外になる《宝田将志という人物は記者としてもう少し精進したほうがよい》ように思う。《4位》を入れても記事の趣旨も字数も何一つ変わらないのだし、凄いことは凄い快挙なのだから。

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July 19, 2019

鋳造語を何故に創りださなければならなかったのか、そこが眼目だ。

 最初に、《京都アニメーション放火殺人事件》の被害に遭われた方々に謹んでお悔やみを申しあげるとともに、ご快復を心より祈念していると伝えたい。正直に言って、この殺人・傷害事件に関しては、《何が-どうなっているのか》が皆目、理解できずにいる。 合掌。

 ところで、《理解できないこと》ということであれば、次の事態は近年では群を抜いていると云う他はない。

https://www.sankei.com/world/news/190717/wor1907170023-n1.html

 『産経新聞』(ディジタル版)7/17に「文政権が韓国紙日本語版を「売国的」と批判 事実上言論統制」との記事が掲載されている。それによると、韓国大統領府の高報道官が「17日の記者会見で、日本政府による輸出管理強化について報じた記事の見出しを挙げて保守系大手紙の朝鮮日報と中央日報を名指しで批判した。……問題視した記事の1つは4日付朝鮮日報「韓国はどの面下げて日本からの投資を期待してるの?」という見出しの日本語版記事」だという。『中央日報』のコラム記事は未読だが、こちらは読了している。その記憶だけに依拠した、はなはだ危なげな話題提供になるが、その主旨は、《一方で反日を躊躇なくやり続け、他方で投資を持ちかける》、これって「どの面下げて……?」というロジックだったと思うし、《それはそうだろう》という程度に納得した。これが何故に「売国的」になり得るのだろうか、韓国にとって《愛国的に終始している問題提起》だろうに。

 この規制・統制に乗り出す数日前の『朝鮮日報』(7/14)に上記の意味で《愛国的な》記事「【萬物相】「大統領」はどこの国の言葉か」」が載っている。これも感心させられた。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/07/12/2019071280164.html

 出だしはいたって穏やかである。

「日本語由来のウリマル(わが国の言葉)辞典」は高麗大学のイ・ハンソプ名誉教授が1970年代から研究を重ねてきた研究成果の集大成だ。この本では1880年代以降、韓国語同然となった3634の日本語が紹介されている。その中のおよそ90%は韓国語の発音で入ってきた。「教育」「家族」「国民」などだ。残りは日本語の発音のまま入ってきた。「もなか」「満タン」「無鉄砲」などがそれに当たる。「マホ(魔法)瓶」のように日本語と韓国語が結合した言葉もある。

なるほど、「もなか」「満タン」「無鉄砲」などの日常語系も「日本語由来」の言葉なのだとおもしろがりつつ、おそらくこちらも日常語と感じられるかもしれないが、由来は概念であろう「教育」「家族」「国民」の系譜も挙がっている。続けて、問題の在処が示される。

京畿道教育庁が管内の初等学校(小学校)、中学校、高校に文書を送り、「日帝残滓(ざんし)清算」との理由から「修学旅行、ファイティング、訓話などの単語は日本から来たので日帝残滓」と指摘した。児童・生徒たちには「本人が考える日帝残滓の概念はどういうもので、それらはどうやって清算すべきか」と問い掛けた。しかしこの言葉の中にある「本人」「概念」「清算」は日本から来た言葉だ。「単語」もそうだ。

「修学旅行」「ファイティング」「訓話」に加えて、「本人」「概念」「清算」「単語」も「日本から来た言葉」だと指摘される。おそらく、「言葉」も「日帝」「残滓」もそうだと思うのだが……。

イ・ジェジョン京畿道教育監(日本の教育委員会に当たる教育庁のトップ)は大学でドイツ語とドイツ文学を専攻し、大学院では宗教学と神学で博士学位を取得した。しかし「ドイッチェランド」を「独逸(ドイツ)」と訳したのも実は日本人で、「大学」「大学院」「神学」「宗教」「博士」も全て日本から来た言葉だ。「国語」「英語」「数学」はもちろん「科学」「哲学」「物理」「歴史」「美術」「音楽」「体育」もそうだ。さらには「大統領」も日本人が英語の「プレジデント」をそのように訳したものだ。

このように、記事は、《駄々をこねる子供に語りかけるが如きスタンス》を湛えている。少し残念なのは、《鋳造語が何故に創りださなければならなかったのか》という問いがまったくみられないことである。「自然」「社会」「市民」「自由」「恋愛」「主体」「客体」なども明治期に、西周をはじめとする知識人たちによって創出された語彙群に属している。これは、漢文の修練にみられる《読み下し》という伝統を構造としている。そのことによって、キータームを熟語化して挿入することが可能となったのだ。いずれにせよ、「日帝残滓清算」という名称の《文化破壊運動》が《少年兵である紅衛兵たち》を産み出していることに、少しで良いから思いを馳せてもらいたい。

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July 14, 2019

社会科学基礎論研究会 2019年度第1回研究会が終了。

 社会科学基礎論研究会が久しぶりに開催された。新メンバーも加わり、いわゆる旧メンバーも、思っていたよりは少数であったが参集できて、熱のこもった討議空間が具現化できたと思う。やはり「充分な討論の確保」の理念は霧散してはいない。ただし、加齢とともに《丸くなった感》は否めないが……。

 第1報告である河田純一さんの「共同体の物語の可能性――「自称若手」がん経験者のセルフヘルプ・グループを事例に――」は、「共同体の物語」をめぐり《何が語られているかだけではなく、いかに語られているか》に焦点を当てようとする試みであったといえるが、《その志やよし》として、その実現可能性をめぐった討議が多角的に行われた。むろん、この報告では他のテーマからする討議も行われたが、私にとっては、上記のテーマが最大のものに思えた。試作としても《まだまだ》かもしれないが、じつによい方向を向いた研究成果に思える。このまま、突き進んで欲しい。

 第2報告である神田雅貴さんの「地域学校協働活動のコーディネーターは誰を協力者とするのか――ソーシャル・キャピタルを活用した社会教育行政の仕組みづくり――」は、基礎研の歴史のなかではおそらくはじめての領域ではないかと思える《社会教育》である。そこにある実践的で規範的な問題設定は、基礎研の「より基柢への問い」の志向とはなかなか重ならないとも思えたが、その規範性を問題視することを《封印する》仕方で討議は進められた。しかし、本質的な方向だけが問いの方途ではあるまい。たんに形の整った作品に仕上げることなく、語り得るギリギリの線を意識しつつ、《社会教育主事の可能性》を示し得る事例であるだけに、もう少し《野放図》でもよいように感じた。

 いずれにせよ、今年度はおそらくは年末あたりに第2回研究会を開催したいと考えている。じつは昨夜に華興で開催された《総会》では、12月開催には否定的な意見もあり、開催期に関しては未だ流動的だともいえる。しかし、諸般の事情を鑑みるならば、やはり《年末開催》となるように思う。《クリスマス近しといえども、大道無門》。

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July 11, 2019

《反差別論》を一般論へと堕させない流儀が必要だろう

 『産経新聞』(ディジタル版7/10)に社説「【主張】ハンセン病訴訟 控訴の見送りを評価する」が掲載されている。基本的に納得できる内容ではあるのだが、少し《引っかかった》。それは最後尾の箇所なのだが、まずは冒頭部にある内容提示から確認しておきたい。

【主張】ハンセン病訴訟 控訴の見送りを評価する

ハンセン病患者の隔離政策による家族の差別被害を認め、国に賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相は「控訴しない」と表明した。「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の皆さまのご苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」とした首相の決断を評価する。

https://www.sankei.com/column/news/190710/clm1907100003-n1.html

この意見表明に異和があるわけではない。たんに《偉そうなのが少々鼻につく》だけだが、かといって、さほど嫌味なわけでもない。問題とすべきは、私が《引っかかった箇所》である。それを確認するとしよう。

 

国の誤った政策が差別の原因をつくったことは間違いないが、差別を実行した直接の加害者は国ではなく「社会」であるといえるのではないか。

 個人の明確な意識をもって特定の人を排除、攻撃することだけが差別ではない。社会全体のとらえどころのない空気が、ハンセン病の元患者や家族に限らず、多様な差別被害を生み出す。無意識のうちに差別する側に立ってしまうケースが多いだろう。

 「社会」から差別を払拭するのは容易なことではない。無意識のうちに加害者にならないために、国民一人一人が差別に向き合う勇気と覚悟を持ちたい。

そこで語りたいであろう《何か》を理解できないわけではない。しかし、この言説は《読み手》をどこへと連れて行きたいのだろうか。もしかして、《如何なる異和も成立し得ない場所で語られている言説》が存立するとすれば、こうしたものかもしれない。つまり、そこに成立してある言説とは、細部の一切を捨象することで成立する。その流儀がダメだというのではない。要は、《誰からもとがめられない言説》を志向すれば、そこには《誰もいない》と指摘したいだけだ。より正直に語ると、もう少しでよいから、考えて書いて欲しいと願わずにはいられない。

 愚痴はこのあたりで止めて、まずは、《定点》の確認から始めよう。理路の出立点とは「国の誤った政策が差別の原因をつくったことは間違いない」とする断言である。これを言い換えてみるよう。「国の誤った政策」があり、《それが原因で差別が生み出された》。しかし、そもそも《「ライ病者」への差別は、独特の仕方で存立した》のではないか。それは古今東西を問わないはずだ。そこに、「優性思想」という《科学的な装いももったイデオロギー》が舞い降りたことによって、《畏怖の念》から《穢れ》へのゲシュタルト転換が生じ、《より増幅され残虐な事態も遂行可能な差別》が生じた。

 だが、ここは紙幅の関係からの省略形と理解して、次に進もう。「差別を実行した直接の加害者は国ではなく」とある。では誰なんだと問いたくなるが、すると「「社会」である」という。ここで、《国と社会》といった二項対立的な用語法そのものは不問にしておいたとしても、異論は生じよう。というのも、「差別を実行した直接の加害者」とは、各々の具体的な場面で《差別行為》を行った幾人もの《固有名をもった行為者》に他ならないからである。おそらくは、こうした疑念を払拭する必要があると考えていたからこそ、すぐに、「個人の明確な意識をもって特定の人を排除、攻撃することだけが差別ではない」と限定を附す理路が設定されたのだろう。実際、ほとんどの場合にみられるのは、「社会全体のとらえどころのない空気が、……多様な差別被害を生み出す」という《原理》に基づいた「無意識のうちに差別する側に立ってしまうケース」であり、それらが「多いだろう」という推論は納得できるものだ。ここから、「無意識のうちに加害者にならないために、国民一人一人が差別に向き合う勇気と覚悟を持ちたい」という《着地点》へと邁進することになる。

 しかし、《差別はいけないことだ》と判断しつつ、結果的に《差別をしてしまった》といった事態はないのだろうか。むろん、それがありふれた事態だからこそ、「勇気と覚悟」が必要だと語るのだろう。だが、そうなると、どうすればよいというのだろうか。意図的な《差別行為》だけではなく、《無意識の差別行為がそこ-ここに存立している》。この言説はそれを前提に語りかけている。では、この《無意識の差別行為》とは何か。それは、「社会全体のとらえどころのない空気が、……多様な差別被害を生み出す」ことによって生じる(らしい)。では、「空気」とは何か。おそらくこれは、《空気を読めない》といった場合にせり出してくる「空気」という言辞であるだろから、「とらえどころのない」ものとして特徴づけられる。そうすると、《暗黙裡に想定される、しかもなかなか対象化して認識されづらい認識空間の大前提》が原理となって「多様な差別被害を生み出す」と言い得るように思えるが、如何だろうか。

 こうして、《誰もいない場所》で言説が開陳される。商業新聞にポリティカル・コレクトネス以外の言説傾向を切望しているわけではないが、こうなると結局は「国民一人一人が差別と向き合う勇気と覚悟を持ちたい」という、《誰も悪くない情況》が創出されるだけではないか。「勇気と覚悟」で何とかなるならば、《差別が深刻な問題となる》ことなどはないはずだ。今さら《啓蒙思想の位相で語るな》と思うのだが……。その意味では、この言説はあまりにも低準位に過ぎると言わざるを得ないだろう。《具体性を捨象して、ザックリとした位相で語ること》が宿命づけられているのかもしれないが、そうした場所ではなく、《具体的な場面で-具体的な解決を模索すること》のなかにしか解決策などはないと思える。つまり、「社会全体のとらえどころのない空気が、ハンセン病の元患者や家族に限らず、多様な差別被害を生み出す」と一般論へと拡散させるのではなく、《ハンセン病の元患者や家族に》限定し、そこに拘り、そこを深化させる記述のなかからしか「勇気と覚悟」も生じないと思うのだ。

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July 10, 2019

なるほど、よく分かる《韓国に対する「輸出規制強化」詳説記事》

 『産経ニュース』(ディジタル版)に嫌味なほどに詳説されている、《韓国に対する「輸出規制強化」》に関する解説記事が掲載されている。「古川勝久・元国連安保理北朝鮮制裁専門家パネル委員 / 森本正崇・慶應義塾大学法学部非常勤講師」によってなされた「韓国への「対抗措置」を巡る大いなる誤解(上)」と「韓国への「対抗措置」を巡る大いなる誤解(下)」がそれである。どちらもかなりの長さだが、ぜひとも読まれることをお勧めする。

(上) https://special.sankei.com/f/international/article/20190709/0001.html

(下) https://special.sankei.com/f/international/article/20190709/0002.html

メルマガ「週刊正論」特別版」と銘打たれているが、基本的に誰でも登録して読むことができる。《この詳説記事》はじつに優れている。少々というか何しろ長く、本当に嫌味なほどに詳しく、そこまで解説しなくても理解できる(はず)と思っている事態にまで踏み込んで書かれている。おそらく《現況の言説空間の歪み》に対して、恐怖にも似た異和を心底感じたのではないかと推察できる。たぶん、《バカの度合いがどうしても理解できない》お二人にとってみれば、当然の記述形式ということになるのだろう。明瞭な用語法である「誤報」「曲解」を冒頭部で提示することで、基本的な理路を予期させるのだが、それにしても詳しく、痒くもないところにまで手が届いている感じは、どうにも圧巻としか言いようがない。ぜひ、一読をお勧めする。以下では、冒頭部のみを引用しておく。

 韓国に対する「輸出規制強化」が日韓双方で大きな波紋を呼んでいる。

 2019年7月6日、韓国KBSのニュース番組は、トップニュースで日本の対応をこう報じた。

 「ホワイト国から韓国が除外されたら、輸出規制の対象は現行の3品目だけでなく、産業全般に広がることになります。…軍事物資として転用される可能性がある品目について、輸出ごとに許可の申請が必要となります。規制の対象となる品目は1100にのぼるとされています」

 後に説明するが、これは誤報である。今や日韓双方で、誤解に誤解が上乗せされ、歯止めがかからない。韓国国民は日本製品の不買運動すら展開し始めている。誤報の一端は、安倍政権の発信が曲解されたことにある。

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July 08, 2019

『朝鮮日報』という指標

 この間の「日韓情勢」に関して、『朝鮮日報』(ディジタル版)のスタンスは《現況》を測る1つの指標になり得るとみてきた。実際、そこでの記事は《韓国という言説空間》にあって、ずいぶんと抑制的にみえる。例えば、7/7「【萬物相】請求権と司法壟断」では、いはば《語り得るギリギリの線上》に乗っている印象がある。とはいえ、金額の算定が当時のものではないといった妙な仕掛けがないわけではないが……。

盧武鉉政権下のこの委員会も、請求権協定で日本から支払われた3億ドルを「徴用被害の補償」として認めたのだ。この委員会は当時のイ・ヘチャン首相が委員長を務め、文在寅(ムン・ジェイン)民政首席もメンバーに入っていた。個人の請求権問題はこのようにして整理された。その後も再び裁判で争われたが、原告の訴えは2012年に高裁で棄却された。ところが大法院(最高裁に相当)がこの高裁判決を覆し「請求権は残っている」との判断を下したため、これが韓日関係の爆弾として復活してしまった。

このように歴史的経緯が《韓流的に構築されることなく》、たんに立場の違いからくる差異として呈示されている。続きを読もう。

判決に従えば国際的な合意を破らねばならず、かといって判決を無視するわけにもいかないからだ。韓国外交部(省に相当)と大法院は最終判決が出るまで意見を交換した。しかし現政権はこのやりとりを「司法壟断(ろうだん、利益を独占すること)」とレッテル貼りしたのだ。

レイべリングは適切に貼られなければならない。この基準は不動だ。だが、問題は何をもって《適切》と言い得るかだろう。現況のように、一方にとっての《妥当性》のみに立脚するのであれば、他方にとっては《恣意的にみえる》可能性を否定できまい。

現職のある裁判官が先日、前政権で大法院が強制徴用問題での判決を先送りしていたことについて「外交的解決に向け時間を稼ぐという意味合いがあった」という趣旨の考えを示した。外交問題と司法判断の板挟みとなって頭を痛めた前政権と検察を、文在寅政権が一方的に「積弊」として追い込んだと現職のある裁判官が先日、前政権で大法院が強制徴用問題での判決を先送りしていたことについて「外交的解決に向け時間を稼ぐという意味合いがあった」いう批判だ。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/07/05/2019070580133_2.html

このように語ることのできる『朝鮮日報』に対しては、《頑張れ!》とささやかな応援でもしたいと思っていた。そうしている内に、毅然とした文章が「社説」として掲載された。「【社説】「韓国は北に毒ガスの材料を渡した」という日本、根拠を示せ」(7/8)が、それである。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/07/08/2019070880054.html

日本の主張通り、韓国に輸出された戦略物資が北へ違法に輸出されたとしたら、ただ事ではない。日本より韓国の安全の方が脅かされかねない。しかし日本は「北朝鮮関連説」に関する具体的な根拠や証拠を提示しなかった。安倍首相が言及した「不適切な事例」は何で、韓国のどういう企業がいつ、どのようにエッチングガスを北に持ち出したのか。……日本の「北朝鮮関連説」は、韓国の国際的信認度に直結する問題だ。日本の言い分が正しければ、韓国は米国など国際社会の制裁を受けなければならない。日本では選挙が目前に迫っているが、むやみに騒ぎ立てることではない。日本は隣国に対する経済報復を合理化しようと、フェイクニュースまで動員する国になったのか。

安全保障上の問題であれば、詳細をすぐに明かすわけにもいかないだろう。だが、この『朝鮮日報』の言説には、それを凌駕して余りある《切迫感と矜持》がある。むろん私は、日本が「フェイクニュースまで動員する国になった」などとは微塵も考えはしない。それでも、このレトリックには、やはり《韓国という言説空間》にあって語り得る上限的な戦術があると思えてならない。

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July 06, 2019

ウイグル「寄宿学校」という名前の《収容所》

 たとえ既知の出来事であったとしても、さらに知って欲しいことがある。『BBC(News Japan)』に掲載された「多数の子どもを家族から引き離し、寄宿校に隔離 中国・ウイグル自治区」。かなり長文なので、その一部を引用しておきたい。じつに悪辣な《ジェノサイド》だ。

「多数の子どもを家族から引き離し、寄宿校に隔離 中国・ウイグル自治区」

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-48880066

中国政府が西部・新疆(ウイグル自治区)で、イスラム教徒の子どもたちを家族、信仰、言葉から意図的に引き離していることが、新たな調査でわかった。

何十万人もの大人が巨大収容所に拘束されている一方で、急速かつ大規模な寄宿学校の建設が進められている。

BBCは公表されている文書と在外家族への取材数十件から、新疆の子どもたちに何が起きているのかを示す、これまでで最も総合的な証拠を入手した。

記録によると、1つの町だけで子ども400人以上の親が、1人ではなく2人とも収容所か刑務所に強制収容されていた。

子どもたちに「集中監護」が必要か判定する、公式調査が実施されている。

新疆で成人ウイグル族の自我を変革しようとする取り組みと平行して、子どもをそのルーツから組織的に引き離すための取り組みが進行していることを、証拠が示している。

 上記が冒頭部分だが、調査方法の仕方も、次のように明示されている。

中国当局の厳しい監視と管理を受け、外国人記者の行動は1日24時間ずっと確認される新疆では、証言を集めるのは不可能だ。しかし、トルコだとそれができる。

イスタンブールの広いホールには、自分の話を伝えようと数十人が行列した。その多くが、故郷・新疆で行方不明になった子どもの写真を抱えている。

「誰があの子たちの面倒を見ているかわからない」と、ある母親は3人の幼い娘たちの写真を指差しながら言う。「まったく連絡がとれない」。

別の母親は、息子3人と娘1人が写った1枚の写真を手にしながら涙をぬぐう。「子どもたちは孤児院に連れられて行ったと聞いた」。

 そして、最後尾の文章も《現況》をよく映している。こんなことを《許しておいてよい》はずがない。

ツェンツ氏の調査では、収容所と同じく学校施設でも現在、ウイグル語など地域の言語を消滅させようとする組織的な取り組みが展開されていることが明らかになっている。各学校は規則で、生徒と教員の両方に対し、校内で中国語以外の言葉を話した場合の厳しく細かい罰則を定めている。

このことは、新疆の全ての学校で全授業を中国語で行っているという政府発表と合致する。

新疆ウイグル自治区宣伝局の高官、シー・グイシャン氏はBBCの取材に対して、政府の施策で結果的に親を失った多数の子どもを政府が監護する羽目になっているのではないかという指摘を、否定した。

「もし家族全員が職業訓練所に送られたなら、その家族は深刻な問題を抱えているに違いない」とシー氏は笑った。「そんなケースは一度も見たことがない」。

ツェンツ氏の調査は、収容者の子どもたちが確かに集団で寄宿学校制度に送り込まれているという証拠を提示する。おそらくこの点が、同氏の調査の特に重要な部分だ。

両親が職業訓練所や刑務所にいる子どもたちの状況を記録し、集中監護が必要かを判定する際に、地域当局が使う詳細な用紙がある。

ツェンツ氏は、「夫と妻の両方が職業訓練所にいる」家庭など、「要支援グループ」のためのさまざまな助成を細かく記した政府の書類を見つけた。また、カシュガル市が教育行政の担当者に対し、両親が収容所にいる生徒の窮乏に急いで対応するよう命じた指示書も発見した。

その指示書は、「精神的カウンセリング強化」と「生徒の思想教育強化」を学校に求めている。これは、生徒の両親が入っている収容所にも使われている表現だ。

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July 05, 2019

「ウルムチ騒乱」から10年が経つ。

 『朝日新聞』(ディジタル版)に「「中国一安全な街」で息潜めるウイグル族 進む漢化に…」(7/4)が掲載されいる。

https://www.asahi.com/articles/ASM7353MHM73UHBI01F.html

 中国・新疆ウイグル自治区で、漢族と少数民族のウイグル族が衝突した「ウルムチ騒乱」から5日で10年になる。騒乱は中国政府とウイグル族の関係を変え、今に至る対立の大きな契機となった。様変わりした街でウイグルの人々は息を潜めるように暮らしている。

 6月下旬、ウルムチ市中心部に2018年にオープンした観光施設「国際大バザール」周辺には、赤い中国国旗がずらりと掲げられていた。

 10年前、ここで治安部隊ウイグル族が激しく衝突。周辺にはウイグル族の居住地が多くあったが、騒乱後に再開発された。

 ちなみに、上記の「朝日新聞 関連キーワード」以外にも、ウィキペディア「ウイグル」や「2009年ウルムチ騒乱」なども参照。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%AB

https://ja.wikipedia.org/wiki/2009%E5%B9%B4%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%AB%E9%A8%92%E4%B9%B1

 読み物としてより優れているのが、「東京新聞」(Tokyo Web)の「<さまよえるウイグル ウルムチ騒乱から10年>」もシリーズ記事だろう。「息を潜める」といった煽情的な言辞ではなく、「事実」によって《それ》を炙り出すような工夫がみられる。7/4からのシリーズなので、おそらくは明日7/6が「下」となるのだろう。

(上)日本在住者 https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201907/CK2019070402000149.html

(中)キルギス https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201907/CK2019070502000137.html

 かつて気軽に行き来できた国境はほとんど閉ざされ、親類とはもう二年、連絡が取れない。中国新疆ウイグル自治区と接する、中央アジア・キルギスの首都ビシケクで暮らす在外ウイグル族のイスマイル・タイロフさん(45)は「祖国」の苦境に胸を詰まらせる。

 自治区内では一九三三、四四年、トルコ系ウイグル族を主体とした「東トルキスタン・イスラム共和国」などが独立を宣言した。「四九年に人民解放軍に排除されるまでは、われわれには正式な政府があった」。タイロフさんは一帯を、中国が名付けた自治区ではなく「東トルキスタン」と呼ぶ。

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July 04, 2019

「中国のウイグル人弾圧」に思う。

 『産経ニュース』(ディジタル版)の「浪速風」欄に、短文だが、《勘どころの優れた》記事が載っていた。私に《何かができるわけではない》が、それでも、こうした報道傾向への賛意ぐらいは表したいと思う。もう「中国」に赴くこともないと思うのだが……。くわえて、ウイグルの現況を知るうえで参考になるかもしれないものも載せておきたい。

「中国のウイグル人弾圧、悲劇の歴史にしてはならない」

「中国の人民服を着ている人などは、一人もいない。そこに、中国の少数民族対策の、やさしさのようなものが見られますね」。作家の井上靖さんが昭和52年に中国・新疆(しんきょう)ウイグル自治区に旅した後、同道した作家の司馬遼太郎さんとの対談でウイグル人についてこう語った(「西域をゆく」文春文庫)。

 ▼ときを経て様相は一変した。国際社会は同自治区でウイグル人が多数強制収容され、虐待や拷問が横行していると問題視している。米国務省の2018年版国別人権報告書は、中国政府が強制収容を「大幅に強化した」としたうえで、規模は80万人から200万人以上と指摘した。

 ▼先月、20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)が開かれた大阪で抗議活動を行った日本ウイグル連盟のトゥール・ムハメット会長は「何もしないと後に歴史で21世紀最大のジェノサイド(民族・集団の計画的抹殺)を許したことになります」。悲劇の歴史になってからではもう遅い。

https://special.sankei.com/f/naniwa/article/20190703/0001.html

日本ウイグル連盟⇒http://uyghurjapan.org/jp/

 

中国国境で当局が旅行者のスマートフォンに情報収集アプリを密かにインストール──Guardian報道

英Guardianは7月2日(現地時間)、中国の国境警察が旅行者のスマートフォンに無断でアプリをインストールし、個人情報を収集していると報じた。同メディアはこれを、中国政府による新疆(しんきょう)ウイグル自治区のイスラム教徒監視強化の一環とみている。

IT Media News⇒ https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1907/03/news064.html

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July 03, 2019

社会科学基礎論研究会「7月13日」報告者紹介

 社会科学基礎論研究会事務局から「7月13日の報告者紹介」のメールが届いた。以前に私が書いたものよりも実際にネット上で《読むことのできる論文》が記載されていて、じつに有用だ。

社会科学基礎論研究会「7月13日」報告者紹介

社会科学基礎論研究会 会員・関係者 各位
今月13日の研究会の報告者についてご紹介しておきます。

第1報告の河田さんは、大正大学の大学院博士後期課程に在籍しています。
ウェブ上で入手可能な論文には、下記があります。
「「がん患者」になる、「がん患者」として生きる―再帰的自己論を用いた「がん患者」の自己アイデンティティの考察」
https://tais.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1117&item_no=1&page_id=13&block_id=69
第2報告の神田さんは、埼玉県川島町教育委員会に社会教育主事(主幹)として勤務しています。2017年3月に大正大学から博士(人間学)の学位が授与されています。
大正大学機関リポジトリ(下記URL)に、2つの紀要論文と2016年度の博士論文が掲載されています。
https://tais.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=50&order=16&lang=japanese&creator=%E
7%A5%9E%E7%94%B0+%E9%9B%85%E8%B2%B4&page_id=13&block_id=69
以下の2017年の紀要論文と学位論文との2つが今回の報告に関連が深いのだと思います。
「地域の教育力#に関する概念整理と分析枠組み」
「社会教育行政の施策が地域の教育力向上に与える影響―ソーシャル・キャピタルを教育資源として活用するプロセス」
13日(土)は、13時30分から、会場は大正大学(巣鴨キャンパス)2号館5階「社会調査室」です。
みなさまのご来場をお待ちしています。

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