May 21, 2019

【告知】光と影は鏡の如く~ガラス乾板写真展

 『産経新聞(電子版)』に「【告知】「認識台湾」ガラス乾板写真でたどる近代史」という記事が掲載されていた。「5月21日付け」の記事だが、実際には、「4月12日には戎開幕式&特別講演会も開催された」とのことだ。

 https://www.sankei.com/world/news/190521/wor1905210003-n1.html

 紹介記事の内容がずいぶんと雑だと感じるが、この記事がなければこの「写真展」の存在も知らなかったわけだから、まぁ仕方がないということだろう。これは観ておきたいと思う。ちなみに、「台湾文化センター」からの広報を以下に引用しておくが、「4/12のより詳しい様子」は次のプレスリリースが参考になる。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000042392.html

【展覧】光と影は鏡の如く~ガラス乾板写真展

国立台湾博物館と国家写真文化センターが企画する本展では、張清言、張朝目、方慶綿、鄧南光、洪孔達、吳金淼など、台湾を代表する6名の写真家たちが彩った台湾の近代写真史をたどります。初期台湾写真の撮影技法の発展とともに、そこに写し撮られた台湾社会の生活の様相をお楽しみください。

展覧期間:2019412日(~628日(金)

開館時間:10001700(休館日:土日祝)

主催:台北駐日経済文化代表処台湾文化センター

企画:国立台湾博物館、国家写真文化センター

 

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May 19, 2019

深井智朗よ、なぜ?

 「知らない」ということは、呑気でいられる、その意味では《よい処世の方法》かもしれないと改めて痛感する。それにしても《論拠をなす資料そのものの捏造》とは手が込んでいるというか、凄いというか、まぁ「極めて悪質」という評価は妥当だろう。

 かつて深井智朗『十九世紀のドイツ・プロテスタンティズム』(教文館 2009)を読み、自らの読書傾向の偏りを恥じ、少し遡るように『文化は宗教を必要とするか』(教文館)も読んだ。むろん当該の『ヴァイマールの聖なる政治的精神 』(岩波)も、それこそ自らの教養としても拝読させていただいたし、次の精読の対象本にする心算でもあった。『神学の起源』(新教出版社)における「イギリスのピューリタンの議論」は講義でも活用した。それは、たしかにキリスト教が「資本主義のエイトス」として機能する論理機制を、M.ヴェーバーとはまったく異なった仕方で提示するものだった。そこにみられた《マーケティング的な状況描写》はやや図式的に過ぎると思いつつも、説得力があり《目から鱗が落ちる》に近い感慨もあった。

 むろん、そこにはかれへのリスペクトがあり、その有用性はさらに社会学に多大な貢献をもたらすと確信めいたものもあった。それゆえ、かれの業績のすべてを否定したいとは思はないし、またそうしてはいけないとも思うのだが、それでも、主著の1つといってよいだろう『ヴァイマールの聖なる政治的精神 』がその一部とはいえ「捏造」によるとなると、どうにもやるせない。

 捏造に関しては、東洋英和女学院大学サイトにある「不正行為に関する公表概要」と「Kirishin」サイトを参照。

http://www.toyoeiwa.ac.jp/daigaku/news/news_201905100101.pdf

http://www.kirishin.com/2019/05/10/24985/

 

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May 13, 2019

嗚呼《中年紅衛兵》か

 数日前より『朝鮮日報』日本語版(Chosun Online)http://www.chosunonline.com/ を読むようになった。理由は、《親日をめぐる校歌の廃止運動》と流布された情報の真偽などを確かめるためといったところだが、これらの情報は妥当なもののようだ。

「有名音楽家に親日のレッテル、光州の私立学校が効果変更 「親日校歌」変更第一号 他校でも変更の動き続々」

 http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/05/12/2019051280036.html?ent_rank_news

「光州市にある私立学校が12日、従来の校歌が「親日人名事典」に名前のある音楽家によって作られたことを理由に、校歌を新しくすると発表した。

 光州市教育庁(教育委員会に相当)などによると、同市の私立光徳中学・高校は13日の開校記念式で、同校の音楽教諭が新たに作った校歌を全校生徒の前で発表する。同校のチャン・ホン校長は「今年1月に、本校の校歌が親日派とされる作曲家・金聖泰(キム・ソンテ)=1910-2012=によって作られたと分かり、直ちに校歌変更のためのタスクフォースを設置した」と説明した。同校は2月の卒業式から校歌斉唱を禁止し、4か月かけて新しい校歌を作ったという。

 従来の校歌を作曲した金聖泰は数々の著名な曲を作曲し「韓国の歌曲の父」とも呼ばれたが、日本による植民地時代の末期に親日楽団「京城厚生室内楽団」などで活動したとの理由で、2008年に左派の市民団体・民族問題研究所が発刊した「親日人名事典」に親日音楽家として名前が載った。05年に発足した親日反民族行為真相糾明委員会も、同様の理由で金聖泰を「親日音楽家」に指定したが、反日デモに参加していた証拠を家族が提出すると、09年に親日音楽家の指定が公式に取り消された。それにもかかわらず、左派団体の親日人名事典に登載されているとの理由だけで、親日音楽家というレッテルを貼り、38年の歴史のある校歌を変えてしまったのだ。」

 この記事の基本的な論調がこうしたファナティックな動向に抑制的なのが救いに思えるが、いわば《紅衛兵》、それも《中年紅衛兵》が産出されるとなると、いよいよもって市井の深部にまで《敵-味方》の二項図式を埋め込む準位に、この社会的な性向は到達しようとしているとみるべきなのかもしれない。とはいえ、これをたんなる《処世術の果実》ともみなすことも可能だが……。

 いずれにせよ、この熱風が吹き荒れた後に、どのような《事後処理》が可能なのだろうか、これを考えただけでも滅入ってしまう。そうしたなかで朝鮮日報文化部長 金潤徳による【コラム】嫌悪と怒りの銃口を向けるな」を読み、同じ気分を共有できる《隣人》の存在に少しだけ救いのようなものを感じた。

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May 11, 2019

文在寅大統領の《認識枠組み》

 特に気になっていたわけではないのだが、隣国の文在寅大統領政権の《認識枠組みの特異さ》にはやはり驚いてはいた。《理想主義》と呼べば、それで済ませられるのかもしれないが、そのあまりの《お花畑的な性向》には《愚直さ》を眺めさせられることによる不安感を通り越し《悲惨さ》さえ感じていた。この感慨について、今日、ふと気づくことがあった。

 それは、特段な出来事によってではなく、たとえば「仲介者」と罵倒され飛翔体が連発されてなおも《ブレることのない姿勢》をTVニュースで眺めていたときに訪れた。

 かれの《認識枠組み》に特徴的な《二項図式》は、紛れもない《われわれ-かれら図式》に他ならない。要するにそれは、《自民族中心主義ethnocentrism》の変種ということだ。

 社会学において《エスノセントリズム》は集団分類に使用されるわけだが、むろん、それは《集団成員の主観性に定位する》という基準においてのことである。それ故、一定の《政治的あるいは歴史的認識》を基盤とする集団においても、それは妥当する。しかも、たとえそれらが《史実と異なっている》としても、そこに何らかの問題系が浮上することはない。なぜなら、《史実》が《歴史上の事実》である以上は、すでに常に《当の事実は解釈されたもの》であるからだ。要は、《事実は解釈に依存する》というわけだ。

 むろん、この命題は《エスノセントリズム》に関わるものではなく、普遍妥当的なものである。少しこの点を敷衍しておこう。

 先に書いたように、《史実》とは辞書的にいって《歴史上の事実》である。では、《歴史上の事実》とは何か。それを少し変形させてみると、《歴史上の事実》とは《歴史的な事実として、史料などによって認定されたもの》である、とすることができる。

 この変形に妥当性があるとすれば、《歴史的な事実》として《認定する主体》が存在するはずである。すると次の問い、すなわち、《この主体とは誰のことか》が浮上する。この問いには簡潔に、《歴史学の科学者集団》と答えることができる。これが《歴史上の事実》が誕生する機制であり、それらの集積から一定の《定説》も産み出される。それ故、たとえば新たな史料が発見されれば、《定説》は書き換えられる。

 ところで、《科学者集団は何をもって認定する》のだろうか。それは《科学者集団内のコンセンサス》であり、それをT.クーンに倣い「パラダイム」と呼んでもよい。先に、《事実は解釈に依存する》と書いたのはこうした含意によっているが、むろん、こうした了解は《科学的な領域》に限定的なものではなく、私たちの日常性にあっても妥当する。

 さて、本題に戻ろう。文大統領の《認識枠組みはエスノセントリズムに依るもの》だとはどのような意味だろうか。まず、自らの認識を共有する人びとが《「進歩派」=われわれ》を形成し、それ以外の認識――そこには《史実に基づいた学知》も含まれうるし、実際的にもそうだったのだが――、それらが概括されて《(親日あるいは知日という)かれら》を形成する。通常は空間的に把握されることの多い集団認識を、現在的な《政敵》にも共時的な軸として投射しつつ、同時に、歴史的な通時的な集団認識にも妥当性をもたす、そうした一種のマジックワードとして《歴史(問題)》が機能している。

 このように考えるならば、隣国の大領領たちの《独善性、すでに常にわれわれが正当である》といった常軌を逸した認識判断の奇怪さも理解できるように思える。しかし、たとえそうだからといって、《かれら》として括られ、《われわれ》と自らが措定したものにとっての《一切の悪性》を押しつけられるカテゴリーは自らの《認識枠組み》によって構成されたものにすぎず、むろん《生きている存在者》とは何ら関わらない。

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May 06, 2019

大谷栄一「仏教が寺院から出て行く」を読む

 大谷栄一著「仏教が(日本の)寺院から出て行く」『仏教を考える』(『現代思想』201810月臨時増刊号:59-72)を拝読する。

 本論考の眼目は《近代化とは何か》ということに尽きるだろう。とはいえ、そこでの文脈が「仏教を考える」であるから、むろん《仏教にとって近代化とは何か》がここでの基本的な問いとなっている。

 このように語るとずいぶんと大上段な構えにみえるかもしれないが、大谷の一連の仕事群はすべてこの問いへの応答といえるように思える。その意味では、本論考もまた、この基本的な問いへの応答の1つに他ならない。

 今回の応答は、「釈宗演」を機軸にすえて《仏教が寺院から出て行く》という事態を語っているが、それがただちに《近代仏教を語ること》とパラレルな関係になっているのが特徴的である。その意味で、大谷の語り口としてはかなり異質な独特の錯綜感がある。とはいえ、それは理路の乱れといったたぐいのものではなく、むしろ《あれ--これ--が行きつ戻りつ-二重化して語られる一途》とでも呼べばよいものである。

 まずは、本論考の基本構成を確認しよう。

1.はじめに――イコンとしての釈宗演 59-60

2.起動する近代仏教研究 60-63

3.活性化する近代仏教研究 63—71

4.4おわりに――近代批判として 71

展覧会「釈宗演と日本近代」を手がかりに宗演の人生=諸活動が紹介される。ちなみに、この展覧会に関しては次が参考になる。

https://www.keio.ac.jp/ja/news/2018/6/18/27-44913/

ところで、宗演の弟子である鈴木大拙による一文「宗演師には時代から一歩先んずるだけの見識と実行力があった」が呈示されているが、本論考を読了後に「青空文庫」にて『釈宗演師を語る』を読むと、冒頭部にある次の一説がじつに興味深い。

宗演師はその頃既に多少英語を解して居られたけれど、大したことではなかった。自分の英語も怪しいものであったけれど、それでも何かの助けになった。大会のプログラムを談じたり、講演の草稿をこしらえたり、往復の手紙を書いたりなどした。今から見ると、どんな事をやったか、随分冷汗をかくような事をやったに違いない。宗演師講演の英訳を了えて、それを当時円覚寺内の帰源院に来て居られた夏目漱石さんに見てもらったことを覚えて居る。元良先生も、その時居られたかと思う。

https://www.aozora.gr.jp/cards/001833/files/58058_65207.html

 

先駆者の舞台裏とはこんなところかもしれないと思いつつも、たしかに「宗演師には時代から一歩先んずるだけの見識と実行力があった」にちがいないと納得する。

 さて、本題に戻ろう。宗演の諸活動が以下のように総括されている。

 宗演は南アジアと東アジア、アメリカ(さらにはヨーロッパも)を縦横に駆け巡った。……宗演はある意味、近代仏教のイコン(聖像)であるといえる(60)

大谷はこう断じ、次いで「釈宗演の人生が象徴する近代仏教とは何か」(ibid.)を問う。

 「2 起動する近代仏教研究」は、まず「近代仏教とは何か?」の小見出しで問いが開始される。そしてすぐさま「近代仏教(Modern Buddhism)」とは、一九世紀以降、世界中に現れた仏教の近代的形態のことである」(ibid.)との応答がある。

 形式的に十全な定義はどんな場合でも読み手に肩透かしを喰らわせる、これはその典型的な応答かもしれないと思いつつ読み続けると、「近代仏教は、帝国主義・植民地主義とオリエンタリズムの所産でもある」(61)とその内包が加えられる。説得力のある記述だと思いつつも、エドワードW.サイード以降にあってオリエンタリズムの用法がややナイーブな点が気になる。その次の段落で、「空海や親鸞などに対する私たちの理解が近代仏教の学知が生んだ歴史像である」という歴史的視座の重層性と現在性とに関する重要な指摘が続く分、オリエンタリズムが帝国主義と並置される指摘には異和を感じざるをえない。少なくともオリエンタリズム(orientalism)とは、自らの表象によって他者=自己を規定する自民族中心主義(ethnocentrism)のまなざしの変種であり、それが無自覚に帝国主義を支えるものとして機能したのではなかっただろうか。

 次いで「近代仏教研究の始まり」の小見出しがあり、ここでも林淳に依拠しつつ、「近代仏教の始まりは、戦後のものである」と指摘される。とはいえ、概念としての「近代仏教」は戦前期にすでに存在しているのだが、「本格的」という基準を設定することで当の命題の妥当性が担保されるとされている。

 そして、この章の最後は「「仏教の近代化」という論点」である。ここで大谷は自らの「「仏教の近代化」の指標」(62)を網羅的に11点にまとめて提示するが、すぐに吉永進一による以下の3点を示す。

吉永は「仏教の近代化とは、仏教が(日本の)寺院から出て行く過程だと言ってもいい」と指摘し、その指標として、①大学制度の創設と学術の発展、②メディアの拡大、③国際化の進展を挙げている(63)。

おそらく大谷には自らの11点の主張を取り下げる意図は皆無だろうが、そうであるにもかかわらず吉永3点説の簡便さに心が奪われたのだろうか。しかも本論考のタイトル自体が上記の《借用》であるのだから、本論考そのものが吉永へのオマージュとして書かれたものといいうるのかもしれない。いずれにせよ、これ以降の基本的な理路は吉永3点説に則って展開される。

 「3 活性化する近代仏教研究」の最初の小見出し「研究の第一のピークと第二のピーク」では、「一九六〇~一九七〇年代半ば」(63)が第一のピークであり、「二〇〇〇年前後から現在」(ibid.)が第二のピークと示され、いよいよ吉永3点説の理路が拓かれていく。

 「大学制度の創設と学術の発展」は、「近代以降、仏教は寺院から出て行き、「大学」という近代の新しい教育制度の中で講じられ、学ばれていくこと」(64)が詳説される。要は《仏教が宗教学や仏教学として社会的に構成される事態》をダイジェスト版で垣間みる段取りである。興味深いのは、三浦周「「学習」される仏教」の紹介である。

 曰く、「伝統的な僧侶要請科目の宗乗・余学が近代教育制度に適応し、近代的学問としての仏教学、宗学として整備された結果、僧侶としての実践・実務よりも学知が重視され、僧侶養成が「学習」化されていった」(65)。この指摘を読み、《オウム真理教事件の淵源》を視たような気になった。

 「メディアの拡大」で「「近代仏教とメディア」の研究は……未開拓である」(66)との指摘があるが、雑誌を中心とした活字メディア研究の先鞭は大谷自身の一連の仕事であることは論を俟たないように感じる。他方、電波メディアでは「「メディアミックス」を体現した運動」(68)が語られるが、これには別段の新しさは感じられない。

 次いで「国際化(グローバル化)の進展」だが、吉永3点説で「もっとも研究が進んでいるのが、この領域」(ibid.)だという。大谷によれば、「従来の「ナショナル・ヒストリーとしての日本近代仏教史」から「トランスナショナル・ヒストリーとしての近代仏教史」へと、近代仏教史を語り直すこと」(ibid.)が肝要である。それは、「近代仏教のハイブリッド(異種混交)性や多様性、その歴史的変容のプロセスへの注意」(69)などに具体化される。

 ここでの研究動向紹介の趣をもった記述には概ね首肯しうるのだが、「ナショナル・ヒストリー」であることが何らかの《陥穽》とみなされるのならば、それには異論を挟まざるをえない。曰く、「中西直樹『植民地挑戦と日本仏教』……が朝鮮や朝鮮人が「実質的不在」の「植民地朝鮮の日本仏教」というべき一国史的な記述になっている」(ibid.)。私は同書未読ゆえに本来ならば議論をさし挟むべきではないことは重々承知のうえの与太話ではあるが、「一国史的な記述」ではなぜダメなのか、理解不能であった。「「ナショナル・ヒストリーとしての日本近代仏教史」から「トランスナショナル・ヒストリーとしての近代仏教史」へと、近代仏教史を語り直すこと」が要諦であるならば、「語り直す」ための《原基のたぐい》が必要不可欠であるように感じられてならない。

 そしてやや唐突に少しのスペースの「おわりに――近代批判として」が現れる。ここでは、「仏教の近代化とは、仏教が(日本の)寺院から出て行く過程である」というテーゼが妥当であること」(71)を確認しつつ、同時に「この吉永テーゼだけで「仏教の近代化」を語ることはできない」(ibid.)と断ぜられる。その理由は、「「近代(modernity)」をどのような立場からどう捉えるかが問い直されている」(ibid.)からだという。

 この終結の仕方も妥当なものに思えるが、問題系として浮上させた「立場」や捉え方が「帝国主義や植民地主義に加担する」(ibid.)といった《政治性》とクロスされうるものであるとしたら、首肯しうるものではないだろう。

 というのも、それらは《現在から過去を判定する愚》のたぐいではあるまいか。M.ヴェーバーの《価値自由》を持ち出すまでもなく、社会学者とは、《逃れられない価値システムから、それでも意図的に距離を置く識者》ではなかったのだろうか。私には「釈宗演が従軍布教師として戦争に関与した」ことが否定的な所業とは思えない。その当時の人びとの価値システムに則り、かれが思い描いた意味世界を垣間みる。P.L.バーガーも語るように、社会学と歴史学のパースペクティブ性は類似している。そこに《現在の判断としての政治性》は基本的に関与しないのではいか。少なくとも、それが当為命題として機能せしめるように奮闘努力するのが《社会学的なもの》ではあるまいか。

 以上ずいぶんと不満めいた事々を書き連ねたが、むろん、それらによって本論考の価値が左右されるものではない。本論考は、「近代仏教」という研究領野であり同時に研究視座を要領よく提示するとともに、《その次の一手》――「近代批判」へと理路を転轍するための可能性を垣間みせてくれている。

 最後になるが、A.ギデンズの《近代化を再帰性(reflexiviyt)の飛躍的な増大》として捉える仕方も参考になるように思えるが、如何だろうか。大谷栄一『近代仏教という視座』には《伝統としての仏教の発見》が生きいきと記述されていた。そうした《再帰的な発見》は、むろん明治期だけのものではないだろう。

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May 02, 2019

公開講演会「AIを考える賢い方法:知能マシーン、ロボット、そしてソーシャルメディア」

 A.エリオット氏の講演会がある。

 詳しくは立教大学社会学部のこちらのサイトを参照。

 ⇒ https://www.rikkyo.ac.jp/events/2019/06/mknpps000000uy1u.html

公開講演会「AIを考える賢い方法:知能マシーン、ロボット、そしてソーシャルメディア(Smarter Way to Think About AI: Intelligence Machines, Bots and Social Media)」

  • 2019年6月5日(水)18:00~20:00
  • 池袋キャンパス 14号館4階 D401教室

2014年10月に社会学部と学術交流協定を締結した南オーストラリア大学 Hawke Research Institute の Anthony Elliott 所長を迎え、公開講演会を開催する。人工知能、ロボット、そしてソーシャルメディアのアルゴリズムが社会に及ぼす影響について考える。具体的には、AI による自動化社会における民主主義の将来について、2016年のアメリカ大統領選挙における、いわゆるロシアゲートを事例として取り上げ、いかに AI とチャットロボットが使われたのかを検証する。人工知能と民主主義を調和させる方法について提案するとともに、人工知能の台頭とともに各国が直面している公共政策における挑戦(Challenge)について考える。

講師

Professor, The University of South Australia
Anthony Elliot 氏

1986年メルボルン大学を卒業、ケンブリッジ大学でアンソニー・ギデンズに師事し、1991年社会学の博士号を取得。ケント大学教授、フリンダース大学教授を経て、現在は南オーストラリア大学研究教授、同 Hawke Research Institute の Director を務める。オーストラリア社会科学アカデミー会員。2018年より、オーストラリア連邦政府の科学評議会の要請による研究プロジェクト「人工知能の展開とそれがオーストラリアにもたらす影響(Deployment of artificial intelligence and what it presents for Australia)」の専門委員を務める。著書に、The Culture of AI: Everyday Life and the Digital Revolution, Social Theory and Psychoanalysis in Transition, Psychoanalytic Theory: An Introduction, Subject To Ourselves,Social Theory Since Freud, The New Individualism (with Charles Lemert), Mobile Lives (with John Urry), On Society (with Bryan S. Turner), Contemporary Social Theory: An Introduction、Reinvention など多数。

詳細情報

名称

公開講演会「AIを考える賢い方法:知能マシーン、ロボット、そしてソーシャルメディア(Smarter Way to Think About AI: Intelligence Machines, Bots and Social Media)」

対象者

本学学生、教職員、校友、一般

申し込み

  • 事前申し込み 不要

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April 22, 2019

おめでとう 城野けんいちさん!

 先ほど井出裕久先生より、「2019年度 社会科学基礎論研究会」の設定などのメールをいただいた。

 おそらく「7月13日」に開催される見込みだが、それとは別に、考えてもみなかった「事件」の記載があった。

 それが「城野兼一さんが東京都清瀬市議に当選」というものだ。

 「清瀬市議会議員選挙の開票状況」に「城野けんいち当選」とある。

http://www.city.kiyose.lg.jp/s062/010/010/020/280/20190411170000.html

 まだ半信半疑だったので、その一覧表に載っていた表記である「城野けんいち」で検索する。

 すると、私の知る「城野君」がどこか「よそ行きの風貌」で「選挙に立候補しました」とある。

https://twitter.com/kenichi_jyono

 というわけで、当選おめでとう。

 くわえて、一言。

 先ほど「考えてもみなかった」と書いたが、たしかに彼は「地域社会のあり方」をたとえば「保育の視点」から語っていたし、コミュニティそれ自体への関心も、フォークソングをメディアとして考えていたと思う。

 いずれにせよ、おめでとう、そして「良い市議」になって欲しいと切に思う。

 城野君の修士論文は、論文としては「まだまだ途上の出来栄え」ではあったが、それは私がやり切って欲しかった準位での話であって、勘どころは決して外していなかったし、おそらくは本人がやりたかったことも一定程度以上にはできていたのだろうと思う。

 その意味も込めて、結果的にはとても優れた修士論文だったと思う。

 最後に、もう一度、おめでとう。

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April 19, 2019

『ともに生きる仏教』(大谷栄一編著)の読後感

 大谷栄一氏より最新刊の編著『ともに生きる仏教』(ちくま新書1403)をお送りいただいた。感謝の意を込めて、かれが執筆された「はじめに」と「なぜ、お寺が社会活動を行うのか?」の簡単な読後感を書いておく。

 「はじめに」では、本書に提示されるいくつもの事例――「子育て支援、被災地支援、グリーフケア、貧困対策……」(帯)の背景をなす2つの情況が解説されている。それが、「「葬式仏教」という常識」と「寺院を取りまく厳しい現況」である。
 ここで止目すべきは、最初に〈知識の準位〉を取り上げている点である。「日本の仏教は「葬式仏教」だからダメだ……という揶揄や批判のまなざしがある」(11)ことを前提にしつつ、それを超出しようとする諸活動として「社会活動……にアクティブに取り組む……姿」(12-13)を対置すると同時に、「葬式仏教」の含意を「死者供養の力」(13)として純化させて把捉し直そうとする。このように冒頭の短い紙幅のなかに、現況において仏教が直面している本質的な問題群が適切に提示されている。この時点で「良質の読みごたえ」を予感させるに十分である。
 次の「寺院を取りまく厳しい現況」では、「戦後日本の社会変動」(13)の結果、「「寺離れ」や「墓じまい」が進み、「寺院消滅」の可能性が見込まれている」(15)現況が要点よく解説される。要は《寺院消滅の危機》という状態なのだが、そうしたバッドニュースの側面ばかりではなく、「仏教のプレゼンスの再浮上」(15)、より正確には、「「日本仏教の公共的機能」がふたたび活性化」 (18)、換言すれば「日本の公共空間における仏教のプレゼンスの再浮上」(18)として「二〇〇〇年代以降」が特徴づけられる。
 この時点で、何ともいいえない異和を覚えた。とはいえ、上記の理路は定石に思えるので、《はたして何になじめないのか》、その正体が解らないまま、第1章「なぜ、お寺が社会活動を行うのか?」を読み進めることにした。
 「なぜ、お寺が社会活動を行うのか?」は以下の構成である。
1.「宗教の社会貢献」への認知と評価(21-27)
2.議論される宗教の公共性・公益性(27-36)
3.「お寺の社会活動」を類型化する(37-41)
4.「ともに生きる仏教」とは(41-47)
 この論考は、いつもの大谷氏の行論と同じく、先行研究を足場にしつつ論点を整理して進む。こうした理路は、まさに盤石といえる安定感をもっている。
 「お寺の社会活動」、すなわち「仏教の社会貢献」は以前から広く行われているが、その認知度も評価もさほど高くはなかった。しかし、「東日本大震災を経て」(25)、「寺院の公共的役割、寺院の公共性が評価されるようになった」(27)。「こうして、宗教の社会貢献研究はソーシャル・キャピタル研究に接続し……その中で宗教(仏教)の公共性・公益性が議論され、「日本仏教の公共的機能」が問われてきた」(36)。とはいえ、それらをどのように分析するのがよいのだろうか。この問いに応えるためには、仏教の社会活動の類型化が不可避である。そうしたなかから「宗教活動」「教化活動」「社会活動」という3つの指標を措定して、「三者の関係性に注目」(41)する方途が提示される。
 そして、いよいよ「ともに生きる仏教」が議論の俎上に載せられ、次の2点が提示される。その第1が「ともにすること」(41)であり、第2が「ともにあること」(44)である。前者は「公共性」を「誰に対しても開かれている」(42)《開放性(openness)》として把握し直すことで確定化され、「寺を開く」(43)という事態に術語化される。だが、《寺》とは何か。こう再考することから、それを《ソーシャル・キャピタルの集積》へと置換させ、「ともにすること」の意義を論じる。
 後者は「臨床宗教師」(45)に代表される「心のケア」(45)に該当するが、ここで特筆すべきは、個々人の《意識世界》への留意である。つまり、「ともにある」とは、「生者と生者の関係にとどまらず、生者と死者の関係にも及ぶ」(46)ものとして考えられている。この視点は、宗教社会学の世界では自明なことなのか否かは不明だが、じつに正鵠を射ている。そして、ややもすると欠落させてしまいがちな視座ではあると思える。
 以上、駆け足で概観を試みたが、随所に説得的な良書といってまちがいないだろう。

 とはいえ、既述のように、ある種の異和を覚えたのもまた事実である。そこで、ここからは私自身にとっての《異和の正体》の探求になる。換言すれば、ここからは《書評の域》を超えた《私のひとりごとの世界》である。
 さて、私の異和は「はじめに」にある「寺院を取りまく厳しい現況」の読了後に生じた。正直に書くと、この個所がすべて不要な気がしたのだ。理路からズレているとでもいえばよいだろうか。むろん、「寺院を取りまく厳しい現況」を知らしめる意義はあるだろうし、その言説そのものに何らかの偏りや誤謬があるわけでもない。そうであるにもかかわらず、やはり理路を不明瞭にしてしまっていると思えた。要は、「「寺離れ」や「墓じまい」が進み、「寺院消滅」の可能性が見込まれている」現況を知らしめることで、この論考のいったい何が変化するのか、ということなのだ。少し考えてみたが、やはり何も変わらない。そこでの記述はすべて、本書の理路にとってはまったく不要でしかない。そう思えた。
 私にとっては以下のようにみえるのだ。
 最初に「葬式仏教」を問題としつつ、アクティビティとしての「社会貢献」と純化された「死者供養の力」とを剔抉する。これらがそのまま「ともにすること」と「ともにあること」へと理路整然と重ねられ、論理的に収斂する。これは美しい理路である。
 では、なぜ《不要とも思える記述》が挿入されているのだろうか。おそらく、《「葬式仏教」として細々と生き長らえている現代寺院》という劣化した姿を強烈に映し出したかったからではないか。そうであれば、想定されているのは、《統廃合される劣化システム寺院vs華やかな社会貢献派寺院》といったコントラストということになる。これは記述スタイルとしてはよく理解できるものだ。だが、それでも問題系は残る。このコントラスト図式には、《劣化システム寺院は時流からみて必然である》という含意があるのではなかろうか。おそらく、それは暗黙裡に存立している。そうだとすれば、そこに存立しているのは《あの輝かしい啓蒙思想によって与えられた、貧困極まる図式的な歴史・社会認識》というほかはないだろう。
 ぞもぞも《世俗化が宗教性の衰退を意味するもの》であるとすれば、その後に登場する《脱世俗化》や《スピリチュアリティ》といった反措定の諸提起は何だったのだろうか。じつはどちらも、《啓蒙思想の図式》を下図にしてはいないだろうか。これらを、《科学的な知=理性》と《宗教的な知=非理性》と把捉し直しても同じことだろう。
 少し論点が異なるが、C.テイラーの「なぜ世俗主義を根本的に再定義すべきなのか」(『公共圏に挑戦する宗教』(岩波書店 2014))でも再読して考えてみようと思う。

 

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March 18, 2019

ウイグル人収容所が「職業技能教育訓練センター」という強弁。

 産経ニュースで「「反テロ」と白書で正当化 中国、新疆の収容施設」を拝見する。
「中国国務院(政府)新聞弁公室は18日、新疆ウイグル自治区での反テロ政策などをテーマにした白書を発表し、イスラム教徒の少数民族、ウイグル族の収容施設について「予防的反テロ」措置だと主張、収容されている人の「基本的人権を最大限保障している」と正当化した。  白書は「新疆の反テロ・脱過激化闘争と人権保障」。収容施設は「職業技能教育訓練センター」と称し、テロや過激主義の活動に誘われたものの、犯罪には当たらなかった人らを反テロ法の規定などに基づき、入所させていると説明した。施設では中国の法律や中国語、職業技能を教えているという。「寄宿制」の管理方式を採用し、入所者は定期的に帰宅できる上、休暇を取得できると主張している。  また1990年から2016年までに新疆関連で数千の暴力テロがあり、無数の民衆が被害に遭ったほか、数百人の警官が殉職したと強調。(共同)」
 こうした強弁や詭弁を施しても、どうしても、自らの言説に生じる無理はみえてくる。
 「中国の法律や中国語、職業技能を教えている」といい、そこには何の問題も生じていないように装っているが、そもそも「ウィグル人」たちに「中国の法律や中国語を教えてる」とは如何なることかを考えれば、自ずとみえてくるものがあるだろう。
 それは明白な文化弾圧であり、最終的には「ウィグル文化の抹殺」を目論んだものだといってもよいだろう。
 不愉快な話だ。

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March 08, 2019

ザ・デストロイヤー死去に思う。

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画像はWikipediaから拝借した。
ザ・デストロイヤーの死去が報じられている。
別段に彼の死が悲しいというわけではないが、また一人、去っていくことそのものが悲しくはある。
力道山先生との対戦が話題になっているが、テレビで観戦した世代も少なくなっているのだろう。
64%だとははじめて知ったが、たしかに、「皆」が観ていたと記憶している。
いずれにせよ、心よりご冥福をお祈りする。
合掌

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