利尻富士をバックにして
掲載している写真を変更してみた。
以前に載せていたものは、 たんに「手近にあったもの」、つまりは間に合わせだ。
だから、「気に入っていた」わけではない。
しかし、かいしょーさんから「なんだかなぁ」という主旨のコメントをいただき、それが契機で気になりはじめた。
おもしろいことに、気にしてみると、「写真のタイトル」が透けてみえてくる。
ギターを弾く中年:青春の日々を引きずって……。
あれには、こんな感じの「意味」が漂っている。
少なくとも、「あえて」あれを掲載しているのだから、このへんが妥当なところだというべきだろう。
正直にいって、老いのベクトルがリアリティをもってから既に10年近くにはなる。
だから、別段、それも悪くはないのだが、それでも、こうして「意味」を確定してしまうと、やはり、否定もしたくもなる。
そこで発見したのが「新掲載写真」だ。じつは、これだと誰だか判らないようにもおもえるのだが、それはそれで仕方のないことだろう。
このバックは利尻富士。以前に友人のhigurashi氏が遊びにみえた折に撮影してくれたものだ。
荒涼とした雰囲気をみごとに切りとっている。
洋服や空気の感触からして「秋」とおもえるだろうが、「8月」に撮影されたものだ。
ここは亜寒帯なのだから、「内地の常識」は通用しない。
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Comments
「写真のタイトル」について、乱入させて下さい。
以前のお写真「おれ?やんちゃ現役よ!」
現在「雄大な自然」
→はりえ先生が松山千春になったらどうしよう!?と心配する人々と、
「北の国から」の作家みたいに自然を愛してるんだろう、やっぱり晩ごはんはシチューかと錯覚する人々が発生するという危険性。。
写真というのは、何かと悩ましいもののような。
Posted by: かいしょー | February 27, 2007 at 07:15 PM
コメントに深謝。私の好きな「聡」は佐山だったりするわけです。かれはエコロジーとは無関係なジャングルのカリスマです。この事実とはつながらないかもしれませんが、私には「自然への愛好イデオロギー」はありません。ちなみに、かつて東京郊外に居住していた頃に気づきましたが、私には、そもそも「緑豊かな状態」は自然ではないのです。「無機質な物に囲まれていることのほうが自然だ」というと、それこそ歴史的に形成された「生きるアイロニー」ではないかなどといいたくなる方々もいらっしゃるかもしれません。でも、それに対しては肯定も否定もせずに、ただただ「人間って、そんなもんじゃないのかなぁ」といった感じの表明をしておきます。そして、「感受性だって歴史的な沈殿と相関的に形成されるのだから、あまりご無体なことを大上段に構えていってはいけません」と、内心では応えています。附言すれば、要点は「無機質な物の有機的な連関としての環境を如何に捉えるかにある」といえるとおもいます。
Posted by: harie | February 28, 2007 at 10:59 AM