殉職に思うこと
「東武線ときわ台駅構内で線路内に入った女性を助けようとして急行電車にはねられ、大怪我を負った警視庁板橋署常盤台交番の宮本邦彦巡査部長」が亡くなられたという。
謹んでご冥福をお祈りする。
[共同通信社:2007年02月12日 16時40分]
http://newsflash.nifty.com/news/tk/tk__kyodo_20070212tk690.htm
おそらくこの出来事は「美談」として私たちの心にかなりひろく、そして長く留められるのだとおもう。
私は、その「事実」に異論があるわけではないし、以前、私が通勤に利用していた東上線でもあれば、どうしても「身近」に感じられ、その痛ましさは倍化される。
だが、このニュースに接し、どうしても1990年代後半に起きた「航空自衛隊の訓練機墜落事故」と重ね、それらを比較する気持ちを抑えられないでいる。
記憶だけで書くので、詳細は――日時も含めて、かなりいい加減かつ不透明なのだが、その事故は所沢近辺で起きた。
この事故で高圧送電線が切断され、都内は大渋滞だった。
当日は、私も自動車での移動で、この大渋滞に「巻き込まれ」、とても疲弊した記憶が鮮明にある。
問題にしたいのは、かれら自衛官への私たちの態度だ。
これも記憶に基づく、しかも私見の域をでるものではないが、その事故で死亡した「2名の自衛官」に対して、今回のような「情のある反響」はなかったのではないかとおもう。
より端的にいえば、むしろそこにあったのは「冷淡さ」と「非難めいた心性」であったとおもう。例えば、訓練空域が住宅地の上空であることを指弾するマスコミ報道もずいぶんと散見された。
むろん、その指摘も適切なものだし、それに異論はない。
だが、かれら「2名の自衛官」は、おそらくは、事故機から避難することなく、いい換えれば、最期まで操縦桿を握り、市街地に墜落するのを食い止めるために懸命だったにちがいない。
そして、実際に、被害は「最小限」であったとおもう。
大渋滞という現象は、あくまでも「かれらの努力」の副産物に過ぎない。
以上が、当時の「墜落事故ニュース」に接した、少しの想像力によって補記された私の記憶である。
注意して欲しいが、私はnationalistではない。
ただ、かれら「2名の自衛官」の志は不当に低く扱われていたと感じること、それを明記しておきたっかのだ。
すでにお二人のお名前も定かではなく、あまりにも遅い表明ではあるが、「2名の自衛官」のご冥福をお祈りするとともに、再度、故宮本巡査部長のご冥福をお祈りしたい。 合掌
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