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March 20, 2007

地平分析の遂行

 旧知である樫田美雄氏より「科研費の研究成果報告書」『医学教育のエスノメソドロジー』及び「児童虐待のつくられかた」、「Examining Examinations:on logic of practices in OSCE」(どちらも共著『徳島大学 社会科学研究』20)をご恵贈いただいた。記して謝意を表したい。
 早速、そのなかで比較的読み易そうな印象を持った「児童虐待のつくられかた」を拝読する。
 このご論考は、その副題にあるように「D. スミス「Kは精神病だ」の分析方法を基軸として」、石田文三「児童虐待防止法制定の意義と課題」(『人権と部落問題』2(727)部落問題研究所、2005:6-14)の言説分析を行ったものだ。石田論文を取り上げた「最大の理由は、事例の中に<虐待>という言葉が一度も登場しないからである」という。
 つまり、このご論考は「<虐待>という明示的な言葉を使用せずにこの事例を<児童虐待事例>として,あるいは母親の行動を<虐待>として,読み手が解釈してしまう仕組みを明らかに」することに焦点を据える。
 正直にいうと、樫田氏にしては分析の手さばきがさほど手際のよいものにはなっていないが、これは共著である故ではないかと推察する。たとえば、「中立性レトリック」「防止可能レトリック」などの論述過程にはややこなれていないというか、スキムの先行性を疑わせる感触も残るものの、その理路には総体として「なるほど」と納得した。
 そもそもガーフィンケルの「違背実験 breaching experiment」もそうなのだが、今回の言説分析も、基本的にはひろく「地平分析」であるといってよいだろう。そして、この視線においては、現象学による多くの知的寄与もまだまだ可能だとおもう。どのように接合していくのか、それが大きな課題なのかもしれない。
 いずれにせよ、このご論考によって、かつて井出裕久氏が「過労死問題」において「愛情」と「仕事の信憑」とを接合されて論じられたように(「過労死と〈仕事〉の信憑」『大正大学研究論叢』7、1999:19-38)、「児童虐待」にあっても、場合によっては、そうした側面のあることを知った。換言すれば、それは、私たちがややもするとカテゴリー化の罠に陥る可能性でもある。つまり、例えば「ニート」が上野千鶴子がいうように「残余カテゴリー」であるように、「児童虐待」というカテゴリーもまたそれと同等、あるいは少なくとも近似しているということである。
 この点はきんとと考えなければならないだろう。
 

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