「原理主義」というマジック・ワード
3月28日に書いた「大谷栄一『近代日本の宗教運動の政治的機能に関する実証的研究』」に対して、大谷氏自身から、やや長文のご丁寧なコメントをいただいた。記して謝意を表しておきたい。
こうした場合、「コメントへのコメン」ト欄を活用すべきなのかもしれない。だが、今回のタイトルにも用いさせていただいたように、かれの「「原理主義」がマジックワードであること」というご指摘には目を見開かされたおもいがした。
よって、より長文が可能な本文で応答することにした。
とはいえ、「応答」とはいってみたものの、その内実は「なるほど、腑に落ちた」という同意の表明でしかないのだが。
たしかに、大谷氏がご指摘されるように、このタームで「何でも説明できてしまうところがあり、その定義が不明確な点が問題」だろう。
ただし、私がこの概念で呈示したかったのは、これも大谷氏が適切にまとめられているように、「そもそも「宗教と政治」という設定自体を問い直すべき」ではないか、というものである。
この2項対立図式は、一方では問題を整理しやすくするが、他方では問題を隠蔽してしまう可能性も含んでいるとおもえてならない。
この点は、かつて大谷氏の『近代日本の日蓮主義運動』(法蔵館 2001)を書評させていただいた折に、「ナショナリズム問題」として触れたものと同根であろう。これに関しては、社会科学基礎論研究会のサイトに掲載いただいている拙稿「〈書かれなかった著作〉は存在しないのか」をご参照いただきたい。以下の引用は、その一部である。
「法国冥合」という原理にとって、「国」は不可欠である。もしも「智学……という日蓮ファンダメンタリズムを……近代的なものであった」(395- 369)と語ることができるとすれば、それはかれが「近代社会において生起したさまざまな問題への対応」(397)を為したことに因る以上に、かれの〈明治〉というアイデンティティ、あるいは、そこで形成された〈ネーション〉というアイデンティティこそが注視されなければならないだろう。これは、智学が宗教者である前に〈明治人〉であること、それゆえ、かれにとって「国」とは〈ネーション〉でなければならないことを意味している。ここで私たちは、〈はじめてネーション〉と遭遇した人びとの驚きの地平を考えてみる必要があるだろう。
ここでいいうるのは、明治期という、宗教にとっては世俗化の進行する、その只中で、同時に、脱世俗化あるいは「原理主義化」が生起しているという構図ではないのだろうか――なお、「脱世俗化」というタームは、おそらくは一般的なものではないようにおもえるので、少しの註解を附しておきたい。臆見の範囲内では、角田幹夫氏の「現代社会と聖なるもの」(『リアリティの社会学』八千代出版 1990)に詳しいが、要は世俗化の果てに顕れたスピリチュアリティの興隆といった社会的な性向とでも理解しておいていただきたい。
さて、もしもそうであるとすれば、「政治と宗教」という基本図式は、そもそも「日蓮主義(運動)」にとっては、さして意味を成さないだけでなく、むしろ、この「宗教(思想+実践)運動」の「内在的な理解」を拒むものとして機能してしまうのではないだろうか。というのも、あえていえば、「政治と宗教」という認識図式はまさに世俗化をもってはじめて安定的に機能するものだといえるようにおもえてならないからである。
じつは先日、まったくの別件で大谷氏から電話をいただき、かれのコメントがブログにうまく反映されなかったことがあったように伺った。現行のコメントはその後に、再度、かれが附してくれたものだ。
そして、私にはほぼ同様の事態に感じられるのだが、じつは今回の「コメントへのコメント」は昨日に掲載完了できるつもりでいたが、偶然にも「ニフティのメンテナンス」で後刻となった。
そんな訳で、奇縁というものはあるのだろうかと、ふと、そう疑いたくなった。
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Comments
たびたび、失礼します。
「コメントへのコメント」を誠にありがとうございました。投稿直後に拝読したのですが、投げかけていただいたご指摘があまりにも重要かつ大きな問いなので、どのようにお答えすべきか、この数日間、考えておりました。角田さんのご論考「現代社会と聖なるもの」(1990年)をはじめ、拙著への張江さんの書評「〈書かれなかった著作〉は存在しないのか」(2001年)、そしてそれに対する応答として執筆した拙論「近代日本の在家仏教運動にみる絆」(『岩波講座宗教6 絆』、2004年)等を読み直しつつ、リプライの内容を考えていました。
今回の(も)張江さんのご指摘は、近代日本宗教史の根底的な問い直し、さらには日本の近代社会論、近代化論の問題系に関わる、きわめて重要な問いだと思います。ここまで射程を広げて(そうした意図はもちろんあるわけですが)、自らの研究を進めるべきだとのご教示と受け止めました。
せっかくですので、現段階での私の見解(というより見通し)を開示したいと思います。
今回の張江さんのご指摘の要諦のひとつは、以下の点ではないでしょうか。
「ここでいいうるのは、明治期という、宗教にとっては世俗化の進行する、その只中で、同時に、脱世俗化あるいは「原理主義化」が生起しているという構図ではないのだろうか――」
つまり、世俗化と脱世俗化(反世俗化、聖化、再聖化?)の同時進行として、日本の近代化過程と近代宗教史を捉えるべきではないかということです。まさに、ここがポイントだと思います。この脱世俗化の現われとして、日蓮主義や新興仏教青年同盟という「原理主義」があったわけです。
ただ、ここで近代日本独特のアポリアが浮上します。それは、国家神道(あるいは天皇制)の問題です。国家神道についてはまさに数え切れないほどの議論があるわけですが、ここで、あえて、(近年の公共宗教論を参照すれば)国家神道は公共宗教(あるいは市民宗教)であると考えることができるかと思います。これは、「世俗化と脱世俗化の同時進行」に対する政府のアクロバティックな宗教政策だったのではないでしょうか。神社非宗教論を掲げることで政教分離を実現しつつ、その一方で、国民道徳という形で国民統合の宗教的機能を果たすという政治性をもっていたわけです。
日蓮主義は、国家神道の脱世俗化の側面を、より日蓮仏教「原理主義」的に敷衍し、日蓮主義にねざした「聖なる国民共同体」をめざした政治宗教運動であったと把握できるのではないでしょうか。また、当初、1910年代終わりに日蓮主義から出発し、1930年代初頭にそこから離れ、仏教「原理主義」に自らの立場を転回した妹尾義郎は、国家神道の脱世俗化I(と日蓮主義の「原理主義」的徹底化)とは異なる次元で、宗教の脱世俗化=「原理主義」を徹底することで、「聖なる共同社会」の実現をめざしたのではないか。それは、日蓮主義とはベクトルは違うものの、志向性は共通の政治宗教運動であったのではないか、と思います。
ここで、「政治宗教」という言葉を用いましたが(この言葉自体は、宮田光雄氏などが用いていますが、ここでは私自らの用法で用います)、当事者にとっては、政治参加はあくまでも宗教的な意味づけにもとづく宗教活動であったはずです。「政治と宗教」という問いの立て方ではなく、「政治と宗教」の相即した、宗教的な意味づけにもとづく政治活動としての「政治宗教」という視点で、妹尾の宗教運動(と近代日本宗教史)を捉えなおせないだろうか。これが現在のところの私の見解です。
ただ、ここでもアポリアは、近代日本最大の「政治宗教」が国家神道であったことです。制度レベルの「政治宗教」と集団レベルの「政治宗教」の関係をどのように考えるか(この点は、日蓮主義とナショナリズムの信憑構造の連関に関する問題とリンクするところだと思います)、また、そもそも「政治宗教」という概念の妥当性も考えなくてはなりません。
しかし、「世俗化と脱世俗化の同時進行」というご指摘は、(「政治宗教」という概念の妥当性はともかく)「政治と宗教」という既存の問題設定自体を問い直すための展望を与えていただいた気がします。
いつも張江さんには「宿題」をいただいている気がしますが、この問題系も、(早急に)解決すべき「宿題」にさせていただこうと思います。
リプライになったかどうか、心もとない限りですが、ひとまず、御礼とともにお返事申し上げます。
Posted by: otani | April 05, 2007 at 10:17 PM