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May 30, 2007

頑張れスワローズ!

 先週末より社会科学基礎論研究会に参加するために上京していた。
 基礎研の翌日は「7月21日開催予定のシンポジウム:差別の現象学」の打ち合わせで、午後から中村文哉さんと市川で会った。お店の名前を覚えていないのだが、旨い蕎麦を食し、少し呑んだ。
 5月27日(日)夕方。
 「対福岡ホークス戦」観戦のために神宮へ移動する。
 今シーズンのスワローズは「超サブマリーン」で、海底20000マイルの状態が続いている。交流戦に入ってもまだ浮上の兆しもみつけられない。
 
 ほんとうに久しぶりの野球観戦なのだが、そんなわけで、かなりの心配でもあった。
 今回の観戦は招待券を井出さんからいただいたことで実現したものだ。井出さん、ありがとう。

 そして、入場。
 やはり外野席は楽しい。
 2回表より観戦。
 遅れたのは、同行願った中村泰之氏が遅刻したためだが、急な話だったから、まぁ仕方がない。
 かれは「南海ホークスのファン」といいはっている「幻想」に生き続けるアーティストだ。

 すでにスワローズが「1点先取」。
 これが青木選手の先頭打者ホームランとは知らず、後になってから悔しくてしかたがなかったが、そのときは「知らぬが仏様」状態で、生ビールを呑む。旨い。勝っている時のビールは格別だ。
 いつも変わらず館山投手は軽快なピッチングだったが、やはりいつも変わらず中盤でつかまる。
 でも、ここからが「上昇スワローズ!燕返し」のはじまりだった。
 宮出が打って、青木が勝ち越し点のホームを踏む。何て美しい勝ち越しだろうか。
 続いて6回。
 福川・館山の連続フォアボールに青木の進塁打。
 ここで2番に戻っていた田中浩康の3塁打。走者の二人が生還して「1対4」。
 完璧な「ダメ押し」のかたちだ。どうだ!強いスワローズが還ってきた。
 最終回は高井→高津。
 ここのところ「いやな負け方」がパタン化していただけに不安は大きい。
 このタイミングで、セカンド田中浩の凡ミスなエラー。
 それでも動じない高津は凄い。

 終わってみれば、何の心配もない、見事な勝ちっぷりだった。
 誰かにこの幸せを分けてあげたい。
 そんなことをおもいつつ、歓喜の東京音頭を背に神宮を後にした。 
  

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May 25, 2007

『現代大学生の生活と文化』

 若き友人である浜島幸司さんより『現代大学生の生活と文化――学生支援に向けて』(課題番号16330167 平成16~18年度文部科学省研究補助金(基盤研究B):有効な学生支援に関する実証的研究――学生のキャンパスライフからの考察―― 研究成果・最終報告書)をお贈りいただいた。
 記して謝意を表しておきたい。
 浜島さんとは昨年に「大衆教育社会と〈自己実現の物語〉」( 『稚内北星学園大学紀要』第6号:75-93)を共同執筆させていただいた。
 かれとははじめての試みでもあり、途中には「あれこれ」と行き違いも生じたが、得るものも大きかった。できればまた、ご一緒に研究作業を行いたいと考えている。
 本報告書は「現状提示」に力点があるようで、データの解釈に関してはさして踏み込んだ印象は薄い。
 だが、それで充分に「現状」を考える契機となっている。
 まだ読了はできていないが、浜島さんがご執筆されたなかから、「第13章 ネット空間における大学未公開の授業評価(事例紹介)」と、その流れで「第14章 大学生と剽窃」(鈴木大輔・萩原彩子・南早千江・谷戸士人)とを拝読して、そう感じた。
 以下に「目次」を掲載しておきたい。

目次
第Ⅰ部 調査データ分析
第1章 調査の目的と方法
第2章 学生の視点からの大学教育
第3章 コミュニティとしての大学――21大学調査から――
第4章 大学における部・サークル活動支援の可能性
第5章 「新興大学」大学生の恋愛、交際
第6章 女子学生の多様な将来(ライフコース)展望
第7章 現代の大学生のジェンダー意識
第8章 現代大学生における社会意識形成への大学教育の影響
第9章 ユニバーサル時代の大学入学者選抜の実態
第10章 大学生と大学の変容について

第Ⅱ部 学生生活の諸側面
第11章 大学生における聖なるものの分析
第12章 教育費負担と学生生活費の国際比較
第13章 ネット空間における大学未公開の授業評価(事例紹介
第14章 大学生と剽窃

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May 24, 2007

メディア論的還元

 拙稿「メディア論の生成と人工補完」( 『稚内北星学園大学紀要』第7号:67-82)に対して周藤真也氏から批判が寄せられていた。この拙稿は昨秋に口頭報告したものに少しの加筆修正を施したものだが、かれからは、その段階からメイルにてご指摘をいただいていた。
 それにどのように応答すればよいのか、判断が定まらず、結果、当該箇所にはまったく手を加えなかった経緯がある。
 ご批判は、私が「マクルーハンのアナロジーはこの人工補完と身体とを同値する」とした件に対するものだ。
 その要点はマクルーハンのアナロジーが問題なのではなく、「我々の経験ではそれらは同値である」というものである。
 このご批判をいただいたときに、即座に「妥当な指摘だ」とも感じた。
 だが、同時に、「それらをたんに同値とするのは明らかな誤謬ではないか」とのおもいも生じた。
 
 何が問題なのだろうか。
 適切であると同時に、異和を感じる。
 あれこれと考えていたが、そのうち、雑事に紛れてしまい、この重要なご指摘は、そのまま私の《脇に置かれたまま》に放置されていた。
 いいわけになるが、《放置》はしていたが、《なきものにした》わけではない。
 そして、やっと、この《矛盾》は矛盾ではないのではないかとおもいはじめている。
 というのも、私たちの経験が、両者の事態が共に自らの経験の内に生起していることを明証的に告げているとおもえるからだ。

 《人工補完はたんなる私の身体ではない》。
 何故ならば、それは《装着可能》だからだ。
 つまりは、こうだ。
 《外された眼鏡》はたんなる眼鏡であって、それは私の身体ではない。だが、それが装着され、異和を感じさせない程度に身体化されているとき、換言すれば、《生きられた人工補完》はまさに《身体に同値されている》。
 この、かなり当たり前の事態にいたり、マクルーハン理論の出立点が《メディア論的な還元》によってもたらされたものとして解釈することができるようにおもえた。
 というわけで、周藤さん、ありがとう。
 以上、まだ、かなりぐちゃぐちゃしているが、急ぎ、メモとする。

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May 23, 2007

麻疹の猛威!

 東京での麻疹の猛威が伝えられていたが、それが、まさか私の「活動圏」にまで及ぶとは想像もしていなかった。
 すでに、このブログでもお伝えしてあるが、5月26日に社会科学基礎論研究会の2007年度第1回研究会が予定されている
 一昨日までは、これまでの経験からみて、すでに一応の準備は整ったとおもっていた。つまり、「後は当日を迎えるだけだ」と考えていた。
 だから、ここに「麻疹の脅威」が深く関与するとは考えてもいなかったのだ。
 「猛威」の影響は、まず、田村周一さんのご報告の司会者が「佐藤成基氏」に変更になったかたちで顕れた。
 これは司会予定者であった鈴木健之さんのご家族を襲った「麻疹の猛威」によるものだ。「大人の麻疹は重い」という。どうかお大事に為さっていただきたい。
 
 この窮状に一条の光が射した。
 ありがたいことに、この危機に佐藤さんから迅速な応答をいただけた。
 司会者の変更は、その結果である。
佐藤さんには、ここで再度記して謝意を表しておきたい。
 
 これで、もう問題は生じないとおもっていた。
 すると今度は、昨夜、会場である大正大学も「全学休講」を決定したとの報せが入ってきた。

 「どうする?」

 電話の相手は基礎研事務局代表の井出裕久氏だ。
 結局は、大正大学の全学休講が「二次感染のための学生を対象とした措置」であることが要点となって、予定どおりに開催と決定したが、この判断にはどこかで「強行」の印象も残る。
 周藤真也さんの情報によると、基礎研と同日開催であった「早稲田社会学会の研究例会」は「中止」を決定したという。
 「麻疹キャリア」である「大人たち」の集会なのだから、問題が生じるとはおもえないのだが、何故か、不安が残る。
 当日は、「強行して良かった」と感じられる研究会にしたいと念じている。
  
 

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May 18, 2007

旺盛な「でんぶん力」

 ここのところ1週間がやけに短く感じられる。
 たんに忙しいだけなのだが、そのぶん、かなり疲れる。
 「就職対策講座」や「進学相談会」などなどの企画立案やそれに付随する諸々の雑務の合間に本業(授業)をしているように「錯覚」してしまう、そんな日々がもう2週間も続いている。
 そんなわけで、昨日もくたくたになって帰宅したのだが、そこに「大量の素麺」が届けられていた。
 私が敬愛する若き友人からのものだ。
 ありがとう。 
 素直な感謝の気持ちが疲れを緩和してくれる。
 だが、それにしても、素麺の総量が何と「7kg超」の大物だから、どこかに、どうしようもない「異和感」がないわけでもない。
 でも、おそらくは、以前の私の軽率な愚痴を覚えていて、この激務状態へのご配慮だとおもうと、何とも胸が熱くなる。
 きっと持論である「でんぷん力」による体力や気力の回復を考えてくれてのことだろう。
 だが、はたして「でんぷん力」の信憑性はどのくらいなのだろうか。
 そんな疑問を抱きながらも、ただただ嬉しい。

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May 14, 2007

社会科学基礎論研究会のポスター

 以前にもお知らせを掲載したが、社会科学基礎論研究会の2007年度第1回研究会が残すところ後2週間となった。
 詳細はこちらを参照ねがいたい。[社会科学基礎論研究会サイト→]
 また、当日用のポスターも掲載されている。[poster:PDF.]
 ポスターは印字がややみづらいような気もするが、何となく趣があるようにもおもう。
 作製してくれたのは、稚内北星学園大学の学生、羽山好美さん。最近になって流れてきた情報では、稚内の「ご当地ミスコン」の今年度のグランプリ、つまり「第19代ミス流氷」でもあるようだ。ちなみに、ご本人からこの件に関して何かを伺ったわけではない。
 これに関してはネットで少し紹介されている。それによると、やや強引に決められたように感じる。
 「人がいない」のならば、中止とかにはならないのだろうか。観光協会といえば、一応は民間ということになるのだろうが、実情は「半官半民」。でも、こうした対応をみていると、どうも限りなく「9:1でお役所っぽい」印象は拭えない。
 おそらく問題は「中止」を決定することである以上に、その代替案が定まらない点にあるのだとおもうが。
  
 それはさて置き、基礎研のポスターは印刷の上、関係する大学・大学院などに掲示していただけるとありがたい。
 今回のご報告者は藤田寛之さん(立命館大学大学院)と田村周一さん(神戸大学大学院)のお二人がやや遠方に当たる関西圏からおいでいただくことになっている。
 そんなこともあり、より多くの参加者を期待したいところだが、当日はどうだろうか。気になるところだ。

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May 12, 2007

石戸教嗣『リスクとしての教育』合評会

 社会科学基礎論研究会経由で酒井泰斗さんからいただいた「合評会」の情報です。
 

【( ´∀`)著者さんと】───────────────────
──────石戸教嗣『リスクとしての教育』合評会──────
───────────────────────【語ろう(°∀°)】

■開催日 : 2007年06月02日(土) 13:00~
■対 象 : 石戸教嗣著
『リスクとしての教育──システム論的接近』
http://d.hatena.ne.jp/asin/4790712397/niklasluhmann-22
■著 者 : 石戸教嗣(埼玉大学 教育学部)
■評 者 : 小松丈晃(北海道教育大学 教育学部)
        毛利康俊(西南学院大学 法学部)
■会 場 : 都 内(渋谷~池袋付近:詳細未定)
■参加資格: 開催日までに対象を二度以上通読してこれる方

※参加希望のかたは「夜の部」参加希望の有無を書いて、酒井宛 contractio@gmail.com に申し込んでください。

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May 08, 2007

足湯は無料、そして豊富温泉は……

 どうも書き方が悪かったようで、かいしょーさんからniceな「つっこみ」をいただきました。

つまらない質問になりますが、「足湯」というのはもちろんタダですよね? それで料金を取るという事例は、ないです。ありえません
http://harie.txt-nifty.com/annex/2007/05/post_a4be.html#comment-13284297

はい、そのとおりですね。
失礼しました。
「高すぎる」と書いたのは、「港のゆ」に対するコメントです。
 まだ行ったこともないのわけですから、「失礼な話」になるかもしれませんが、ご容赦いただきたい。

 ことのついでなので、ここで「豊富温泉」に簡単に触れておこう。
 Webサイトならば、「豊富町観光協会」のサイトに行き、そこにある「温泉」が詳しい。

 豊富温泉は何しろお肌によい、これは断言できる。
 「豊富温泉ふれあいセンター」には、「かいせんの患者さんの団体」から贈られた感謝状が飾ってあった。
 まちがいなく「肌に良い湯治用の温泉」といえるとおもう。
 でも、難点がないわけではない。というか、かなりの難問がある。
 それは「臭い」、要は「石油臭」。
 豊富温泉サイトにある「由来」によれば、「豊富温泉は大正の末期に拓かれた歴史ある温泉」で、「そもそも石油の試掘を行っていた時に、地下約800~900mの地点から天然ガスと温泉が噴出したのがその始まり」という。
 なるほど、という感じだ。
 何しろ、この石油臭さは、まぁ日によって異なるようだが、きついときは愕然とする。
 そうした日には、湯に「ヘドロ」みたいな「石油の原型のようなもの」もふわふわと浮かんでいたりもする。
 これはすごい。完全な「未体験ゾーン」に一歩を踏み出してしまった。
 この体験に対する反応は、今のところは極端な2通りだとおもう。

 以前に遊びに来た医者の友人は、「なるほど、これは肌にいいやぁ」と感嘆し、とても喜んでいた。
 だが、そうした「職業的なバイアス」を経ない感想もある。
 その筆頭は、やはり遊びにみえた、哲学を専門とする友人の「豊富温泉体験談」だろう。
 かれが入浴後に沈黙を守っている様子に、私から「どうです、世間はひろいでしょう。想像すらできなかったでしょう、この温泉は」と会話をはじめる。
 すると、彼曰く、

 「いやぁ、まぁ、たしかに世間はひろいね。でも、何でも経験すればいいってものでもないからねぇ。温泉の外延はたしかに拡がったけれで、内包は、なんかズタズタなんだな。私は、やはり、こう、さらっとした湯の感触がいいなぁ」。

 これに対して、「何て文化的な許容性が狭隘なんだ!」と怒ってみせるには、豊富温泉のインパクトは強すぎる。
 だが、くり返しになるが、この温泉は肌には抜群にいい。

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May 07, 2007

「メディア論の生成と人工補完」

Kiyou7 以前に少し話題にした拙稿の最新作が公刊されたのでお知らせする。
 「メディア論の生成と人工補完」というタイトルだが、最後半部はあまり上手く論述できていないようにおもう。
 とはいえ、ここで、あれこれと「解説」するよりも、もしも関心をもたれた方がいらっしゃれば、直接に『稚内北星学園大学紀要』のサイトをご覧いただいたほうが賢明だろう。
 あるいは拙稿は、Webサイトで「概要」・「本文」ともにPDF.でご覧いただける。

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May 03, 2007

うーん、エコ足湯

Eco 稚内新エネルギー研究会が稚内公園新エネルギーサテライト(ゲストハウス「氷雪」)に足湯、「山の湯」を開設した。会のブログでは、次のように説明されている。


平成18年度の環境省まほろば事業で設置したものです。燃料電池とヒートポンプでお湯を沸かすエコな足湯です。
湯温は39℃。一度入ると、なぜか顔がほころんで来て、ずーっと入っていたいという気にさせる足湯です。

 稚内に新しくできた温泉の入浴料はとても日常的に使える値段ではないので、このあたりで我慢しておこうか。副港市場「港のゆ」には期待していただけに、なんだか少し裏切られたような気分ではある。とはいえ、私が勝手に「妄想した」ともいえるので、あまり文句もいえるわけでもないのだが……。
 でも、やはり「¥2,000-」は高いじゃないだろうか。
 これからも「稚内温泉 童夢」に行くことになるんだろうな。やはり、どう考えても「¥600-」が勝つな。
 それにしても、たぶん「ドーム(dome)」の当て字なんだろうけれど、これって、かなり最悪の部類に入るんじゃないかしら。これが市役所なんかでも堂々と表記されているのをみて、「嗚呼、壊れている」って感じるのは、さほどの少数派でもないような気がする。
 せっかく温泉に触れたので、いつか「豊富温泉」についても書いておくことにしよう。
 ここはかなりすごいから。

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May 02, 2007

紀要の最新号

 本務校の紀要である『稚内北星学園大学紀要』No.7が刊行された。
 今号の附録は「稚内未来画」。
 こう書いても何のことか、ひょっとすると何も伝わらないかもしれない。そこで、少しだけ再度の解説をしておきたい。なお、より詳しくは、以前にこれに触れた、こちらを参照して欲しい

 本学の紀要には数号前から「附録」がある。
 「熊笹の粉末」や「ホタテ貝の粉末」「宗谷の塩」、まぁ、ここまでが「粉末シリーズ」、その後「風車のペイパークラフト」、そして、今号は大学近くの幼稚園の園児たち(稚内富岡幼稚園の子どもたち)の全面協力というか、より正確には、かれらによる協同制作画である「稚内未来画」を切断したもの。
 絵を切断して、どうする、という批判もあとうかとおもうが、すべてご了解のもとに完了したものなので、そのへんはご理解いただきたい。
 じつは、かれらに協同制作いただいた絵は2枚ある。その1枚が附録となり、もう1枚は本学図書館の壁面を飾り、来館する学生諸君や地域の利用者諸氏の心を和ませている。
 これらはすべて稲垣立男先生および稲垣研究室の学生諸君によって企画・遂行されたものだ。かれについては、すでに終了した企画ではあるが、以前にも触れている
 また、本号には拙稿「メディア論の生成と人口補完」も載せていただいた。その副題は「メディア変容の現象学に向けて」としたが、どうも「……向けて」ばかりで、じっさいのところ、はたしていつになったら目的地まで辿り着けるのか、正直にいって本人自身も心許なく、ここのところはかなり不安を感じている。
 それに、脱稿してからしばらくして読んでみると、やはり最後の部分があまり上手くいっているとはいい難い作品になっている。じつは、拙稿をお贈りした大谷栄一氏からも、早速、同様のご指摘を受けた。
 その点では、かなり「問題含み」の作品ではあるが、いずれ、ウェッブ上でも公開される予定なので、その折には再度、ここで紹介したいとおもっている。
 それにしても、大谷氏のブログデザインが一新されていたのには驚いた。名古屋の緑は生き生きとして目に沁みる。

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