大学の危機と遅筆な現況
一般的に「大学の危機」とか「大学冬の時代」とか語られてから、すでに久しい。だから、この主題そのものに論及するのであれば、すでに陳腐にみえる状態が現実化している。だが、こうした現況は〈狼少年的な効果〉の産物だとおもう。その点でいえば、マスコミもずいぶんと酷なことをしてくれたものだと、心底おもう。
私の本務校の現況は、一般的な言辞の準位で語られる「大学の危機」の域を完全に超えている。しかも、それが恒常化しているから、構成メンバーたちは、どうにも鈍化している。それをみていると、人間って凄いなぁ、とおもう。不安に押しつぶされないように、ちゃんと心的機制がはたらいてくれるのだ。
こう書いている私にしても、おそらくは例外ではないのだとおもう。そうした〈鈍感になった私たち〉が現況を明白な危機だと認識し、この数年間を点検してみると、じつは納得してしまう事態に陥る。
なるほど、こんなことも実施してこなかったのか、それならば、危機が顕在化するのも仕方がないかもしれない。
こんな独白が学内の〈私的空間〉のあちらこちらで、密かにささやかれているように感じる。
むろん、これは〈公的空間〉で語られなければならないものだ。
それは自明なほど理解している。そうであるにも拘わらず、どうにも現況を変えるベクトルがみえてこない。
まさに袋小路だ。
そうした状態のために、今年度から学務がかなり増えた。激務というほどではないのだろうが、学務で多忙であることは確かだ。ほんとうに忙しい。時間的な余裕が急激に減少している。
そうしたなかで、お引き受けした数本の原稿執筆が遅れている。
それに、以前にも書いたように『年報 社会科学基礎論研究』第5号(ハーベスト社)の編集作業も進展をみないままである。
申し訳ないとおもう。
だから、ブログを書いている場合ではないのかもしれないのだが、それとこれとでは、必要とする時間の幅がまったく異なるのだ。
それでも、共著論文を何とか2本、かたちにできた。
それはそれで良しとして、次の作業に入ることにしよう。
さて、上記の話題とはまったく異なるのだが、角田幹夫氏がブログで基礎研シンポ(差別の現象学)に触れている。そこにある記述が妙にさりげないのだが、説得力というか信憑性のある一言が添えられている。
このシンポジウムへの出席は叶わないのだが、できれば〈遠隔的な介入〉もしてみようかなとも考えている。http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070704/1183512670
いったい「遠隔的な介入」とは何だろうか。判らない。
まさか角田氏のことだから、上海の路地裏あたりでテレパシーでも修得してしまったのだろうか。
気になる。
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