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August 26, 2007

電波が飛び交う

 昨日から休んでいる。
 当たり前のことなのだが、〈正常であり続ける〉ためには休息が必要だ。
 たぶん、一昨日までの状態のままならば、電波をかなり発していたのだとおもう。むろん、高性能のアンテナも完備しているから、あちらこちらからやってくる飛び交う電波もキャッチしている。やけに怪電波が多い。
 これだと、どうひいき目にみても〈シャブ浸け状態〉だろう。
 やはり、飛び交うならば、檸檬がいい。というか、願わくば〈檸檬限定〉で生きていきたいものだ。
 昨日は、まさしく一日中ゴロゴロとしたのだが、より正確には、数時間単位で寝続けていた。
 ほんとうに久しぶりに寝た感じがする。
 おかげで、今朝から快調に腹も減る。この感覚も久しぶりだとおもう。
 それもあってか、校正も始められた。
 まだ、始められた状態にすぎないのだが、それでも、何だかずいぶんと久しぶりに〈この世界〉に戻ってきた感触だ。
 嬉しい。
 とはいえ、また明朝からは、「あの激務」に戻ることになる。
 考えただけでも、疲れるなぁ。
 

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August 12, 2007

直面をするということ

 《すでに十全に推測できている事態であれば、それへの対処は相応に可能である》。これがリスク管理の基底にある了解事項だとおもうし、それは妥当なものだと考えてきた。
 しかし、やはり「ある事態に直面すること」と、既知として想定していた事態、つまりは理論的な構成態とには想像以上に大きな開きがあるようだ。おそらくこの差異の主因は、そこで生きる人びとが為すさまざまな応答が十全に想定できていないということにあるのだとおもう。
 現在、私が直面している事態は、数年前より想定できていたものだ。だから、それは私にとっては既知であったはずなのだが、じつは想定よりも悪いものであった。
 むろん、合理的な選択をしない/できない人間の存在を知らなかったわけではない。だが、今回の事態を引き起こした「人物」は、そうした了解範囲を超えている。
 その意味でいえば、「合理的な選択」という考え方には、暗黙裡に「品位」といったものが地平的に機能しているという、この当たり前の了解に、今さらながら妙に感心している。
 しかも、「馬鹿に付ける薬はない」とつぶやき、そことの距離をとることも許されていない。
 いったい、どこまですすめることができのだろうか。

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August 05, 2007

忙殺状態継続中

 ほんの少しだけ時間的な余裕ができた。ちょうど身体が「悲鳴」をあげはじめていたので、ほんとうに助かった。
 だが、この「休息」は短い。すぐに忙殺状態へと戻り、それがまだまだ続くようだ。
 かつて井出裕久氏の論文で拝見したのだが、現在の心境は、過労死の直前に書かれた、ある労働者の手記(かれの手帳に書かれたはしり書き)にみられるものと重複している。
 うる覚えだが、「この山を乗り越えられれば、オイラモもう一回り大きくなっているはずだ……」、たしか、こんな感じだったとおもう。
 かれはそこに、「会社のために、家族のために、そしてオイラ自身のために……」と附していたとおもう。では、私はいったい「何のために」、この状態を続けているのだろうか。
 その答えはみつからないが、まだまだ、そこまで追い詰められているわけではない。
 まだ大丈夫だ。 
 

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