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October 21, 2007

「シンポジウム:地域と教育」のレジュメ

 本日、稚内北星学園大学で開催されるシンポジウム「地域と教育」でご報告するレジュメを掲載する。
 時間的に、かなり無理があるので、おそらくは、前半を簡略化して、後半を中心にすることになるだろう。


学校教育と地域社会との連携はどのようにして可能なのか
――知識の社会的な分配という視点から考える――

                        張江洋直(稚内北星学園大学)

1.学校はどのようなものとして捉えられてきたのか
1-1. 前近代における「教育」――地域(共同体)や生活に〈埋め込まれた教育〉
●かつて「教育」とは、「生きる知恵」を家庭や地域が自ら築きあげてきたものだった。
例示:寺子屋・郷塾・私塾、あるいは農本的な村落の伝承など。
●「読み・書き・そろばん」(実学)+「職場内教育(on the job training)」
 (識字による階層分化がすでに成立している)

1-2. 近代化の開始――近代教育制度の創設
○1872年(明治5年)に太政官布告として「学制」が発布される。
  [下等小学校4年間+高等小学校4年間]+[中学校6年間]+[大学]
○国民国家形成と学校による「教育の独占」……近代化という必然性
  ⇒「均質な国民」を形成する社会的装置としての学校
●地域や生活に〈埋め込まれた教育〉からの離脱と軋轢 ⇒ 小学校建設と一揆 

1-3.近代化の普及――「近代文化」の伝道(啓蒙)装置としての学校
●「師範学生の運動会」=遠足(行軍)+「運動会(源平合戦)」に集まる民衆(物見遊山)
              行軍と「なんば歩き」]⇒身体の社会的な構成
●学校は〈脱-埋め込み志向〉という「普遍的な知識=科学」を教授する場である。
  ⇒科学技術知識による選別機能としての学校
○村落(共同体)の祝祭空間としての「運動会」……万国旗+「飲酒」+「弁当(重箱)」
 (文部省による再三の警告にも拘わらず)⇒「小学校」の土着化・制度化

1-4.大衆化された近代――戦後民主主義教育と進学率の上昇(高度経済成長期)
●戦後期の「問題解決学習」という〈再-埋め込み志向〉……ジョン・デューイ
                          (戦前、例えば牧口常三郎)
●1974年に高校の進学率が90%に達する……大学進学の激化=「人なみ化(平準化)」
●「生業の世界」から「職業中心の世界」への転換……階層分化装置としての進学
○高度経済成長期(1950年代半ば~1973年の第1次オイル・ショック)に「村落(共同体)」が解体する⇒「見えなくなる地域」 ⇒逆に、「地方の可能性」がみえるのではないか

2.教育と地域社会との連携はどのようにして可能なのか
2-1.教育にとっての近代化の「完成」=平等――「大衆教育社会」の誕生
○「大衆の教育への動員、メリトクラシーの大衆化、形式的平等の追及、明確な文化的アイデンティティをもたない学歴エリートの創出、そして、教育における〈不平等〉を不問に付す平等信仰」(『大衆教育社会のゆくえ』苅谷剛彦 中公新書 1995.)
○メリトクラシー(meritocracy)=「メリット(業績)による政体」……属性から業績へ
                                  近代化の指標
○1980年代の「1億総中流意識」にみられる「平等」の達成

2-2.消費社会において、学校と地域社会との関係を考える
○子どもが〈消費主体〉となる
○1970年代中期以降、日本社会は高度消費社会といえる。
            ⇒ 消費されるためには、モノは記号にならなければならない。
○子どもたちにとって地域社会はマス・メディアへと「解消されている」
                (サブ・カルチャーの台頭)
●1980年代の「校内暴力」⇒教育(共同体的なもの)と〈消費主体〉との軋轢・葛藤
●学校化の完成⇒「吉本芸能学院(NSC)」の開校(1982年)
(自己実現の物語)

2-3.近代化の果てに顕れた〈環境問題〉は教育にどのように作用するか
○地球規模の環境問題は、すでに国境を超えている
            (国民国家から地球規模の思考への転換の要請)
●〈脱-埋め込み志向〉から〈再-埋め込み志向〉への転換の可能性
             地方(locality)の見直し(再評価)

2-4.子どもたちはどのようにして「地域社会」へと「戻る」のか
●1989年、小学校での「生活科」の導入⇒ 「画一化された教育」からの「脱却」の開始
●「画一化された教育」の出口としての「地域社会」
 ⇒「ゆとり教育」+「週5日制」+「新たな学力観」 ⇔ 「学力低下」問題

○まとめ
・「地域や生活に埋め込まれた教育」から「脱-埋め込み志向」
・「脱-埋め込み志向」から「再-埋め込み志向」への転換の可能性
⇒新たな知識・教育観が求められている

補記
●「subject」とは「主体」であると同時に、「下僕・従属者」でもあるというメカニズム

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