「皇国少女」たちの修学旅行
少しご無沙汰をしていた。
単純に忙しかったというのが、その理由。
上京し、またもや、あれこれと慣れない仕事をそれなりに終えて、最北の街に戻ってからも、やはり雑事に追われていた。
それに、寒さと疲れからだろうか、腰痛のために、どうにも動きが鈍くなっている。
昨日、ふとしたことで、同僚の池田裕子先生が昨年に書かれた「樺太から北海道、本州への旅」という『日本教育史往来』(No. 166 日本教育史研究会 2007年02月28日)に寄せられたエッセイを再び目にした。
そこには、樺太にあった豊原高等女学校の修学旅行が描かれている。
「中学校」相当をもって「高等」と名づけるあたりに、「女性に(高等)教育は不要」という「妄念」をにじませているのだが、それでも、この「女学校」という響きには、どこかに「古きよき時代」を像化させる魅力がある。
さて、そこに描かれた、伊勢神宮と靖国神社という、戦前のコスモロジカルな2極の中天を目指した「皇国少女」たちの就学旅行の、その余りのハードさには心底驚かされたのだが、それでも、かのじょたちには、きっと皇国思想を無化する屈託のない強靭な笑顔があったにちがいないと感じた。
このように書くと、「民衆」という概念をロマンチックに想定しているとでもおもわれてしまうかもしれないが、私にはそうした性向はないつもりだ。
要は、政治思想という大鉈で割り取られた戦前の社会像では、かのじょたちの笑顔は散り散りにされ、具体的な像を決して結ばないことを指摘したかっただけだ。
その意味でも、よい研究へと成長する決定的な萌芽に出会ったと感じる。
それゆえ、もう少しましな研究環境を造らなければと、意を新たにした。
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