June 30, 2008
昨日、稚内北星学園大学で「中・高生のためのデジタル・コンテンツ制作講座」が開かれた。
稚内高校の生徒をはじめ潮見中学校の生徒たちも参加してくれた。
アシスタントとして尽力いただいた学生諸氏ならびに担当教員や事務のみなさん、それに市教委の担当者にも、記して感謝の意を表明しておきたい。
ありがとう、そしてご苦労さま。
短い時間だったわけたが、面白い作品ができあがった。
先入見まるだしで、中学生と侮ってはいけない。
正直にいって、まだまだとても可愛いのだが、それでも、あるいはそれだからかもしれないが、好感度抜群の作品といってよいだろう。
「You Tube」にある稚内北星学園大学に行けば、ご覧いただける。
なお、私が担当したのは「新学科:地域創造学科の紹介」という数分のものだったのだが、受講生とくに中学生たちはかなり疲れている様子だった。
そうしたわけで、「紹介」はあくまでもそれっぽくないことを旨として、例えば背筋を伸ばし、しゃがみ、寝転びと、あくまでも上下の身体動作を実際にやってもらうことで「視点という存在」の確認と、その重要性あるいは厚みについて話した。
自分では、少し舌足らずな印象をもったが、どうだったのだろうか。
結局は、「鏡に映った自己」というわけで、他者からの審級がなければ確定すらできず、ということだ。
稚内北星学園大学の冒険
http://jp.youtube.com/watch?v=h87q4LY9mh0
北星学園大学へ
http://jp.youtube.com/watch?v=fgH0GyvT6uE&feature=related
レッツゴー北星!
http://jp.youtube.com/watch?v=VkT9cHDeV-8
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June 29, 2008
昨年度までは「休日出勤」が当たり前の生活をしていた。
とはいえ、それには2重の基準というか理由が成立していた。
第1は、昨年の後半から急浮上したものだが、為すべき学務の必要からそうせざるを得ないというもの。
第2のものは、それよりもずいぶんと以前から成立していた理由で、つまり、そうしないと論文などがまったく書けないからというもの。
諸事情で今年度からは、基本的に休日は自宅で過ごすことがとても多くなった。
その分、「仕事」は完全に滞った状態が常態化したが、過労気味の蓄積で悪化していた体調は改善されてきた。
今日は学務で、朝から久しぶりの休日出勤をしている。
学務の中身は、私が勤務する稚内北星学園大学による「デジタルコンテンツ作成講座」での、チョイ役でのお仕事である。
現在、開設準備を進めている新学科、地域創造学科の説明をするという係りで、「5分」程度の話をする予定だ。
今はいわゆる「中抜け」に当たるが、きっと許してくれるだろう。
さて、今日の話だが、淡々とした「新学科の説明」を聞かされる方もたまったものではないだろうから、「映像制作」とからめて「視点」という切り口から新学科について触れる程度にしておこうとおもっている。
はたして、どうなるだろうか。
いずれにせよ、「5分」で何ができるか、ささやかな「冒険心」で望みたいとおもう。
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June 28, 2008
私が勤める稚内北星学園大学情報メディア学部に新学科「地域創造学科」が来年度より開設される予定だ。
現在は文科省への届出書類作成のまさに大詰め状態だ。
もう少しだ。
といっても、残りは書類の整合性をチェックし、書式の不備などを再確認するだけとなっている。
担当事務の方が頑張りゴールを目指すのみ、となった。
要は、私のできることは、たぶんもうお終いのはずなのだ。
「後一人、後一人……」というコールは、あまり好きではないのだが、どことなく、そんな気分になってくる。
疲れたが、充実感がある。
これだから「仕事は麻薬」と似ているのかもしれない。
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June 27, 2008
先月に訪れたサハリン大学の会議で知己となった山梨学院大学の野村千佳子さんから「チアガール・キティ」が届けられた。
記して謝意を表わしておきたい。
とはいえ、ほんとうは話題となった「駅伝キティ」が欲しかったのだが、その時点ですでに「駅伝キティはないかもしれない」といわれてはいたのだ。
それでも、お送りいただくと嬉しい。
これも駅伝キティと同じで、ゼミ生による企画の産物なのだろう。
それはそれで素晴らしいと感じる。
だが同時に、こうした〈組み合わせによる、あるいは変形による愉しみ〉とは、まさに消費社会の産物だと再確認し、そこに、何となくなのだが、切なさのようなものを感じる。
まるで連想ゲームのようで申し訳ないのだが、かつてキルケゴールが薄氷の上を滑るスケーターを喩えに、ギリギリのところで引き返す妙技を揶揄っていたことを想いだす。
変形させること自体は想像力の基本形だろうし、そのことに異和も異論もない。
だが、何といえばよいのだろうか、こうした〈現代の学生諸氏の発想そのもの〉のあり方が、たぶんかなりプリミティヴなところでまどろんでいるような印象がぬぐえないのだ。
しかし、こうした異和の対極に成立するのが、アイラや固有性あるいは実存と称される問題系であるのも承知しているつもりだし、その論調に与したいのでもない。
もしかしたら、こうした現在あるいは近代を眺めて楽しめる余裕のようなものが私に欠けているのかもしれない。
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June 26, 2008
稚内北星学園大学の同僚である岩本和久氏が、またもや単著『情報誌の中のロシア』(東洋出版)をだされた。
昨年末に前著『トラウマの果ての声』が上梓されたのだから、そこには半年のインターバルしかないことになる。
今回はブックレットとはいえ、その、あまりの「生産性」に嫉妬する気力も萎えてくる。
まぁ、それはともかく、おめでとう。
一昨日に献本いただいたので、さっそく、ペラペラと頁をめくってみた。
でも、読後感を開陳する前に、まずは記して謝意を表わしておきたい。
さて、副題に「文化と娯楽の空間」とある『情報誌の中のロシア』は、表紙デザインもよいし、ブックレットだけに、身構えることなく読み進めることができた。
内容はタイトルのとおりで、ロシアの情報誌、とりわけ岩本氏は『アフィーシャ』誌がお気に入りのようだが、そこからみえてくる「グローバリズムとナショナリズムの間で揺れる現代ロシアの都市風景」を、映画館、クラブ、展覧会、書店、劇場、スポーツ、都市の変容、という指標から切り取っている。
先月にロシアの辺境、ユジノサハリンスクという田舎町に行ったとはいえ、ロシアに赴いたことのない、またその予定もない私にとっても、この1味も2味もちがう「通常の観光案内書とは違う、ロシア旅行のガイドブック」は、やはり現代ロシアの都市文化を一望に呈示してくれる印象を与えてくれるという意味で、充分に楽しめた。
私にとっては、特に「はじめに」と「第二章 映画館」、それに「第八章 都市の変容」が充実していると感じる。
じつは、私たちの世代にとって「スターリン時代」とは、ただちに「暗黒」とか「粛清の嵐」とか、要するに、極北的な負のイメージだけで覆われてしまい勝ちなのだが、岩本氏はそれを、「一九三〇年代のソ連は粛清という闇の部分と、ミュージカル映画やスポーツへの熱狂という光の部分が同時に存在した、めまいがするような時代だったのだ」と確言する。
こうした指摘を「腑に落ちる」というのだろう、と実感する。
そんなわけで、私の読後感とは、陳腐で申し訳ないのだが、〈つまらない他者化された表象に別れを告げる〉、そんな清々しい体験ができたという、若年寄的なものになった。
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June 25, 2008
日曜日に、旧友である井出裕久氏と久しぶりに電話で長話をした。
気心が知れているからかもしれないが、少しでも気合を入れないと、かれとの電話はついつい長くなる。
今回は、対処すべき用件が確実に片付いたわけでもないのだが、ふと雑談めいた状態になり、そこで不思議な事実の指摘を受けた。
それは、かれが指導している学生がこのブログを読んでいる、というものだ。
公開しているのだから別段に不思議と語るべきではないのだが、それでも、著名人とは思えない人物のブログを、見知らぬ学生氏が読んでいるというのは、やはり妙な感じだ。
それがインターネットというものだ、といえばそれだけのことなのだが、やはり妙だ。
問題は、この「実感」のズレにあるのだとおもう。
たぶん、これは、自己認定の問題系にも、他者評価の把握の問題系にも属さない、旧くて新しい「世代間の文化ギャップ」という問題系に関わるのではないかとおもう。
そういえば、我が家の「愚息」は、小さな頃でも、いとも簡単に行きたいサイトを検索していた。
ネットの検索エンジンを、さほどの困難を体験することもなく使う。
大業にいえば、私の世代では、「蓄積してきた知識(体系)」が邪魔をして、そう平坦には検索できなかったのだ。
それもすでに過去完了とおもいなしてきたのだが、それはたぶんに自己史における変化として有意義だったのであって、「世代」はそんな微細な変容に価値など与えてはくれない。
そんな印象をまた強くした。
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June 15, 2008

㈱稚内ヤクルトの早坂さんから「つば九郎クッションブランケット」などをいただいた。
嬉しい。
かれとは2001年のスワローズ優勝以来、断続的なお付き合いになる。
というか、いつも、何かと気にかけていただいている。
いつもいつも、ありがとうございます。
この写真は、クッションブランケットではなく、「実物」。
ここで少し、いただいた「非売品」の説明をしておこう。
「つば九郎クッションブランケット」は、名前のとおりで、クッションでありブランケットとして広げることもできる。それに、かぶって「つば九郎に変身」もできる優れものだ。
たぶん私のひいき目ではなく、つば九郎は他の球団マスコットの中でも、群を抜いて愛らしい。
最近は、「ドアラ人気」が急騰しているが、まぁ、それも判らないではない。
ここのところはスカパーでの観戦もままならない状態が続いているが、やはり私が渡露していた期間の「5連敗」が痛い。
だが、私が帰国してからは、下降線とはいえ、まずまずの戦績ではある。
いずれにせよ、今は、このラインで問題はない。
まず今季は、とりあえず「3位」に入ろう。
そこから、新ステージが拓けるはずだ。
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June 10, 2008
本日、本務校である稚内北星学園大学キャリア支援室主催による「今、企業が求める人材とは」と題された就職講座が開催された。
この企画は昨年度より実施しているもので、これが通算4回目、今年度は今回が初めてになる。
昨年度は、かなり強引なかたちで企画を立ち上げた経緯もあり、かなりの緊張感があったとおもう。
それが、学生たちにも伝播し、それなりの「盛り上がり」がみられたのだが、今年は2年目にしてすでにどこか制度化された雰囲気があるから凄い。
学生諸君というべきか、要は人間を侮ってはいけないということだろう。
さて、本日、ご講演いただいたのは㈱中央水産の中陣憲一社長である。
かれとは、稚内市の廃棄物減量推進のための審議会で知己となった。
中陣さんは、審議会会長として、ほんとうに特筆すべき素晴らしいご活躍であったとおもう。
もしもかれが会長でなかったら、たとえ答申の方向性は同じであったとしても、その詳細はかなり異なったものになったのではないかとおもう。
粘り強く、かつ、気配りのある、稀有なお人柄だとおもう。
こうした人材がさりげなく長靴を履いていたりするから、地方生活はおもしろい――とはいえ、私は中陣さんの長靴姿を拝見したことはない、念のため。
講座は、14:40から始まった。
はじめに自己紹介、そこから企業紹介が簡単に為された。
その後、中心の話題を「やる気」+「勉強を続ける」という2点に収斂させ、かつて放映されたテレビ番組のビデオによる中央水産の紹介に移る。
ここで断然の注目度は、「鮭の白子のフライ」だ。
これは中央水産の製品の1つなのだが、あまりにも旨そうだ。
何しろ、よだれがでてきた。
しかも、担当の事務の方にも、敬愛する相方にも、それを見つけられてしまった。
今日は、絶対に、これを肴にビールを飲むぞ、といった気分にさせられてしまったから困る。
だが、残念ながら、これを今日中に口にすることはどうもできそうにない。
未練が残る、ほんとうに旨そうだったのだ。
というわけで、かなり論点がズレてしまったが、いずれにせよ、温かみのあるご講話であった。
記して感謝の意を表したい。
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June 07, 2008
油井清光さんより「ジェフリー・アレクサンダー 講演会」の情報が寄せられた。
時期的にいって、お邪魔することはできないとおもうが、以下に掲載する。
アレクサンダー氏は韓国で開催されるISAの学会にご出席され、その後、日本に立ち寄られるとのことだ。
テーマは「イコン的意識をめぐって」。
さてさて、この主題をうかがっただけでは、残念ながら私には上手く「像」を結べないが、後刻にでも、ぜひ、その内容をご教示いただこうとおもう。
ジェフリー・アレクサンダー 講演会
イコン的意識をめぐって
日時 2008年6月21日(土) 13:30~
会場 神戸大学瀧川記念学術交流会館 大会議室
アクセス:http://www.lit.kobe-u.ac.jp/access.html
問い合わせ先
講演会に関するお問い合わせは、下記の連絡先までお願いいたします。
神戸大学文学部社会学研究室
〒657-8501
神戸市灘区六甲台町1の1
TEL・FAX:(078)803-5512
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June 06, 2008
日本社会学理論学会事務局より「SSTニューズレターno.7」が届けられた。
そこには主に、今年度の大会(第3回大会)が9月14日(日)、15日(月)の両日に神戸大学(人文学研究科キャンパス)にて開催される旨が記載されている。
ちなみに、より詳細にいえば、会場は神戸大学の人文学研究科キャンパスにある「視聴覚教室」である。
神戸大学の住所などは以下のとおり。
〒657-8501 神戸市灘区六甲台町1-1
アクセス:http://www.lit.kobe-u.ac.jp/access.html
なお、現在、大会開催に先立ち「一般報告」が募集されている。
締め切りは、「7月7日」。
9月ならば、夏季休暇をはさむわけだし、たぶん少しは暇もできるかもしれない。
ここのところ、この学会には司会や会議での出席ばかりだったから、たまには報告でもしたいものだ。
だが、準備ができるだろうか、不安でもある。
テーマは、以前に『年報社会科学基礎論研究』第3号(2004年)に掲載いただいた拙稿「シュッツ科学論の二重性へ」(抄録)を展開させたものになるだろうか。
要は、現在の科学論にシュッツ科学論を再措定することで、その存立可能性を見極めることが議論の基柢部になるだろう。
いずれにせよ、新学科の届出作業の進捗状況を見定めてから判断しなければならないだろう。
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June 05, 2008
村田純一さんより「講演会のお知らせ」が届いていたので、以下に掲載する。
「概要」を拝見する限りでの印象に過ぎないが、かなりおもしろそうに感じる。
「手法」と「原理」という対抗図にはやや異和がないわけではないが、「「市民参加」は「市民」にとってどのような意味をもっているのだろうか」という問題設定そのものは、たしかに「原理」的だとおもう。
こうしたときにはいつも感じることではあるが、なぜ「東京集中」の現状は変わらないのだろうか。
下記のようなUTCP講演会が予定されていますので、お知らせします。
科学技術リテラシーと「合理的」市民参加―共生の知の哲学に向けて―
Date: 2008年6月11日(水) 18:00-20:00 Place: 東京大学駒場キャンパス18号館4階 コラボレーションルーム1 [地図]
講師: 石原孝二 (UTCP事業推進担当者)
使用言語: 日本語
講演概要:
科学技術に関わる意志決定への市民参加のための手法開発は、欧米ではすでに30年以上の歴史を持っているが、市民参加に関わる原理的な問題は解決されずに残ったままである。
社会にとって市民参加はそもそも必要なのだろうか、また、「市民参加」は「市民」にとってどのような意味をもっているのだろうか?
本講演では、「社会的合理性」の経緯なども追いながら、科学技術に関わる意志決定への市民参加の意義を「合理性」という観点にこだわって考えてみることにしたい。
(入場無料,事前登録不要)
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June 04, 2008
先週の金曜日(5月30日)に無事にサハリンより戻る。
おそらくは疲れからだとおもえるが、同行いただいた同僚が前日より体調不良に陥ってしまった。
かれは4日間にわたり、まさにツアー・コンダクター顔負けの活躍ぶりであったのだから、あれだけの緊張がいつまでも続くはずもない。いずれにせよ、かれの多面的な配慮には深く感謝しなければならない。
ところで、現在サハリンは、おそらくは「歴史的な画期」に当たっているのだろう。
久しぶりにエキサイティングな街に出会ったと感じる。
時間軸が大きく未来に開かれている。
そんな「田舎町」というのもそもそもカテゴリー・ミステークだともいえるのだが、ユジノサハリンスクには、そうした時間軸が成立しているように感じた。
しかし、そこにあるのは、たんに「未来に開かれている」というよりも、「現在がそこを開いていく」といった感じで、かなり主意主義的な印象が強い。
そんなわけで、実際にできる自信も時間的な余裕もあるわけでもないのだが、ユジノサハリンスクの街路に散見するいくつものモニュメントやポスター……などななどによって社会的に構成される時間について、あるいは、そこで構成される「歴史という物語」について論じてみたいと感じる。
とはいえ、落ち着ける時間が確保できる状態ではない。
じっさい帰国当日にも拘わらず、ユジノサハリンスク経済・法律・情報大学の副学長との応答などもあり、結局は上京することもできなかった。だが、それが結果的には、「休息」を保証してくれたのも事実だとおもう。
しかし、それもつかの間。
6月2日の午前中には中川商業高校の生徒たちの、午後にはコルサコフの高校生たちの来校があり、かなり忙しかった。
だが、どちらの高校生たちも、それなりに楽しんでもらえたようなので、よしとしなければならないだろう。
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