駅伝キティ
先月に訪れたサハリン大学の会議で知己となった山梨学院大学の野村千佳子さんから「チアガール・キティ」が届けられた。
記して謝意を表わしておきたい。
とはいえ、ほんとうは話題となった「駅伝キティ」が欲しかったのだが、その時点ですでに「駅伝キティはないかもしれない」といわれてはいたのだ。
それでも、お送りいただくと嬉しい。
これも駅伝キティと同じで、ゼミ生による企画の産物なのだろう。
それはそれで素晴らしいと感じる。
だが同時に、こうした〈組み合わせによる、あるいは変形による愉しみ〉とは、まさに消費社会の産物だと再確認し、そこに、何となくなのだが、切なさのようなものを感じる。
まるで連想ゲームのようで申し訳ないのだが、かつてキルケゴールが薄氷の上を滑るスケーターを喩えに、ギリギリのところで引き返す妙技を揶揄っていたことを想いだす。
変形させること自体は想像力の基本形だろうし、そのことに異和も異論もない。
だが、何といえばよいのだろうか、こうした〈現代の学生諸氏の発想そのもの〉のあり方が、たぶんかなりプリミティヴなところでまどろんでいるような印象がぬぐえないのだ。
しかし、こうした異和の対極に成立するのが、アイラや固有性あるいは実存と称される問題系であるのも承知しているつもりだし、その論調に与したいのでもない。
もしかしたら、こうした現在あるいは近代を眺めて楽しめる余裕のようなものが私に欠けているのかもしれない。
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