September 29, 2008
事務局の須藤さんより以下の情報が届けられたので掲載する。
詳細が判りしだい、またお知らせしたいとおもう。
また、ホームページが開設されたので、そちらもお知らせしておきたい。こちら⇒。
特に「公式サイト」の開設には周藤さんのお力によるところが大きい。記して謝意を表わしておきたい。
日本現象学・社会科学会第25回大会のお知らせ
日時 12月6日(土)・7日(日)
会場 武蔵大学(西武池袋線江古田駅から徒歩5分)
シンポジウム1(12月6日)
「現象学的行為論の可能性」
司 会 村田純一 (東京大学)
報告者 吉川 孝 (高知女子大学)
池田 喬 (日本学術振興会)
木村正人 (早稲田大学)
シンポジウム2
「現象学と社会科学との関係を総括する(仮)」(12月7日)
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September 25, 2008
ひょんなことで「あのひと検索SPYSEE」という「ひとに関する情報をウェブから取り出し、まとめて見せる次世代検索エンジン」の存在を知る。
何しろ、私の学的な交流関係が、まぁ過不足なくとまではいかないが、一応網羅された検索結果が存在している。
少し微妙にちがうという感じはないわけではないが、概して納得させられた。
こんなことができるんだと、正直に驚く。
だが、考えてみれば、できないわけでもあるまいともおもう。
問題は、この便利な検索エンジンで、ほんとうに苦労なく、ある人物の傾向が如実に把握可能になることだろうか。
人文系の研究者の場合、交流関係というのは、学閥みたいなつまらないものはあるにせよ、それでもそのまま研究の方向性や立脚する思潮などとも重なってくるはずだ。
今までは、それを概観できるようになることと、論文や著作を読破し、ある傾向性を了解できるようになることとは、たぶんほぼ重なっていたのだとおもう。
だが、そうした、いわば「修行期間」をはずして、いきなり、人間関係が概略とはいえ浮上する。
なんとなく変な気分がするのだが、しかし、それで変化するものはないのかもしれない。
少し、このへんを考えてみたいとおもった。
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September 24, 2008
昨日、休日だというのに、数年前に卒業した教え子が在学生に向けて「業界の話」をしてくれた。
現在、東京で活躍中のかれは垢抜けた感じに変わっていたが、変化していたのは外見だけではない。
学生への「講話」は「若者の現在」を感じさせる形式だったが、その後の質疑応答では、「みごと!」といいたくなる的確な対応がめだった。
かれの成長を実感する。
情報収集に余念がなく、しかも、自分自身で考えようとしている。
その姿勢が、何よりも嬉しい。
とはいえ、どこか「耳学問」の臭いもしないわけではない。
だが、それもよいのだとおもう。
なぜならば、それも、むろん実力の内だからだ。
頑張れ!
いや、もう充分に頑張っている。
そのままでいい。
そう感じつつ、しかし、問題を感じないでもない。
というのも、かれの話の中に1度たりとも、恩師たる私の名前がでてこないのだ。
私の名前が、むろん感謝の念と共に、1度ぐらいはでてきてもよいではないか。
いったい、いつになったら、解るんだ、こいつは!
だが、それは現実のものとならずに、すべてのプログラムは終了した。
この過失は重大だ。
だが、かれの成長が未だ「現在形」だということで、ここはよしとしよう。
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September 22, 2008
一昨日に稚内北星学園大学が主催した講演会「キャンパス・セクハラの現状と基本的理解」が無事に終了した。
共催いただいた稚内教育委員会からは手島孝通教育長のご挨拶もあり、延べ人数で「40名」とやや少ない参加者数ではあったが、内容の充実した、よい講演会だったとおもう。
市内近郊のさまざまな学校関係者のご参加も、主催側としては密かに期待していたのだが、それが充分には果たせなかった点は残念だが、さまざまな学内外の行事とも重なっていたようだから、これも仕方ないこととする他はない。
ご講演いただいた大國充彦先生は札幌学院大学社会情報学部教授で、ご専門は「社会学」。自己紹介で、元来は「理論社会学」を専攻されていたと話されていたが、じっさいのご講演においても、一定の「原理」的な枠組みにまで論点を遡及されて、そこから現況を捉えようとされていた点では、現在も「理論社会学」の気風がそのまま保持されていると感じる。
内容的には、「キャンパス・セクハラ」の特性を、「教師―学生」というミクロな場面に還元し、そこに制度的に、つまり事前的に機能している「権力関係」が成立していることを確認し、そうした「権力関係」がたんなる「労働場面」以上に多元的に機能していること、そして、まさに、そうした多元的な「権力関係」の重層性が、「キャンパス・セクハラ」を生じさせる可能態の地平を形成していると同時に、「キャンパス・セクハラ」を、いわば「見えづらくさせていること」を論点とされていた。
基本的な理路としては、問題を整理し、「学校」という特異な社会的な空間のもつ特性もよく示されていたとおもう。
少しの不満のようなものを記しておけば、上述の「ミクロな場面」が、まさに制度化されているが故に、そこで制度化されていること自体において、すでにつねに大学なり教育制度なりといった、「場面」にとってはより「超越的」と感じられる「権力性」が作動していること、これをどのように位置づけるのか、この課題が手つかずのままであるという点だろうか。
とはいえ、用語として「ミクロ場面」と語ったからといって、「マクロ」としての「制度」とか「(実体性としての)権力」へと、この理路を直ちに連動させるべきだといいたいのではない。
そうではなく、論理のモデルとして「相互行為という場面」に定位し、そこへと還元する理路を積極的に呈示されるのであれば、それが論理的な操作であるが故に、やはり同時に、すでにつねに機能している、「その場面を包んでいる」と感じられる「制度的なリアリティ」への配視が不可欠であること、この点を指摘したかっただけである。
ちなみに私としては、事前的に制度化されている「ミクロ場面」が、そうであるにも拘わらず、具体的な「教師―学生」という関係において、その都度、吟味され、「そのようなもの」あるいは「別様の何か」へと共構成されること、この点にこそ力点を置くべきだと感じている。
なお、制度化の度合いは、おそらくは「知の等高線」というシュッツの理論モデルと同等にみることができるだろうと考えている。
それにしても、認識空間という「存在」を強く感じずにはいられない。
かつて「実体性として権力」が自明視される認識空間で、「関係としての権力」という視点は、あまりにもラディカルであったとおもう。
だが、後者を現在的に積極的に語ってみると、偏在性としての「関係の非対称性」と動議にしかならないようだ。
時代的な推移って、やはりおもしろい。
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September 19, 2008
先日、埼玉大学の安藤聡彦先生の「持続可能な地域社会と環境教育」と題されたご講演を伺う機会を得た。
というか、本学が主催の講演会だから、そこへの出席は当然といえば当然のことではあるのだろうが……。
全体として、私的話題から呈示されたにもかかわらず、簡潔で、よいご講演であったと感じる。
残念な点は、聴衆が多くはなかった点ぐらいだろうか。
さて、安藤先生の議論の中心は、「「環境とかかわる力を育む教育」を「環境教育」と定義すれば、「環境教育」の歴史は人類の歴史とともに古い、すなわち教育はもともと環境教育であった」という原理の呈示と、それとの対比で、「だが、そうした意味での原「環境教育」は、社会の近代化・工業化、とりわけ公教育制度の成立にあたって、「教育」の場では周縁化ないし排除されていくことになった」という、歴史性を加味しつつ語られる現状認識あるいは近代批判を軸にして、現況を変革させる方向性を捉えようとするものといってよいだろう。
ここには、私見で恐縮だが、教育学系の方々がよく呈示されるロジックが凝縮されていると感じた。
原論的な位相で語られる「教育1」は広義のものであり、それは、人が生きていく、ということとかなりの部分で重なる領域と対応させている。対比的に狭義の「教育2」は、近代において制度化された「学校教育」の謂いで用いられている。
多くの場合、この「教育の両義性」を使い分けつつ、つまりは両義的に使用しつつ立論するという愚を犯しているように感じられるのだが、安藤先生の場合は、これを明確に分離して、逆に、「教育2」を、学校外で社会的に構成するまさに「非教育2」である「教育1」をもって包囲し、変容を迫ろうという戦略として語っておられた。
これは、おそらくは、「社会教育」の概念規定においても、かなり有効な戦略であとうかとおもう。
換言すれば、かれが語る戦略は、より緩やかに捉えて、いわゆる「地域の教育力」を云々する場合の、明確な指針になりうる針路ではないかとおもう。
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September 18, 2008
約1時間をかけて、大学までの「山越え」を徒歩にて踏破する。
途中には、「スキー場」もある。
この布置は、都市部に居住する者にはどうにも理解できないものだろう。
急勾配の坂を登り、また、下る。
しかも、秋の日差しは強く、汗ばむ。
しばらくして、腰痛の予兆は生じたものの、ペースダウンをもって対処できた。
これも、鍼治療の成果だろうか。
吾ながら、「痛みに耐えて、よく頑張った!」、と誉めておきたい。
だが、それにしても、私の懸命なる姿を目撃する運転者、同乗を促す心優しい運転手はいなかったのだろうか。
じつは、それなりの達成感の一方で倦怠感を伴った後悔も生じるなかで、そんな疑念も頭をもたげていたのだ。
いずれにせよ、「通勤」だけをもって、すでに「1仕事を終えた」、そんな気分だ。
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September 17, 2008
南稚内という駅がある。
稚内駅には「最北の終着駅」という冠があるだ、この駅はその1つ手前のものだから、「コレ」といったキャッチ・コピーは、どうしても付かない。
「最果て」も「線路の果て」も、当然、「最北」も、何も付かない。
やはり、1つ手前というのは、切ないものなのなのかもしれない。
ちなみに、かつては「南稚内駅」が「稚内駅」の名称であって、現在の「稚内駅」は「稚内港駅」であったらしい。
さて、今回の話題は、これら「駅名」に関係するものではない。
タイトルのとおりで、「世界一のしめ鯖」を紹介するのが本題だ。
私が仰々しいタイトルを付けたくなったのは、この「南稚内駅」の近辺にある居酒屋「でん助」がだす「しめ鯖」が、どう考えても「世界一」と感じるからだ。
なぜ「世界一」と断言するかといえば、私が知るかぎり「しめ鯖」は日本のものだろう。
ということは、日本一は、同時に「世界一」になるはず。
この程度の根拠しかないので、「世界一」とするのには、さしたる説得力はないのかもしれない。
だが、この店がだす「しめ鯖」の味には充分な説得力がある。
こう書くぐらいだから、むろん私は「しめ鯖」好きだ。
だから、それなりに、ふらっと入った感じのよさそうな居酒屋では、この好物を注文する。
だが、多くのものは酢が勝ちすぎていて、とても残念なおもいをする。
だが、どうだろうか、「でん助」がだす「しめ鯖」は、たぶん、この店によるたびに毎回注文をしているのだとおもうのだが、1度も「はずれ」になったことがない。
というか、毎回、「旨い」と上機嫌になる。
じつのところ、この「しめ鯖」を基準にすると、いったい私は何を以って「しめ鯖好き」を自認してきたのか、それ自体を疑いたくもなる。
何しろ、旨いのだ。
これを、この地に居住するしあわせの1つとして数えたい。
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September 11, 2008
7日(日)の8時半から、お隣の潮見が丘中学校と本学とをつなぐ「交流階段」の着工式に参加し、その後、ご臨席いただいた教育評論家の尾木直樹先生と、本学教員との、少しの会談を本学にて持つ。
それにしても、潮中のお父さん方の推進力には頭が下がる、というか、「凄い!」の一言しかない。
さて、階段工事と平行した会談の方は、時間的には約1時間と短いものであったが、稚内―宗谷地域の中学生による「ネット使用の状況」が示す特異さ、異様さという現況確認と、その根拠や「対策」など多岐に亘ったとはいえ、内容的には一貫したテーマであったことあり、おもいの他、充実したものとなったといえるようにおもう。
この件に関しては、大学としても主題的に取り組まなければならないだろう。
まずは、「11月1日」に予定されている本学の「公開講座」が、はじめの一歩になるだろうか。
というわけで、上記の午前中の仕事を済ませ、一時帰宅。
13時から、いよいよ「死のロード」が開始された。
今回は、旭川・富良野エリアでの高校訪問。
8日(月)から10日(水)まで高校訪問を繰り返す。
疲れた。
昨夜は、21時近くに帰宅できたが、その疲弊度はマックスに近かった。
とはいえ、今回の相方であるアート系教員にとっては、はじめての経験でもあり、よく頑張っていただいたこともあり、おそらくは私以上の疲労感であったとおもう。。
とうも、ご苦労さま。
お疲れさまでした。
ちなみに、新学科「地域創造学科」をはじめとする本学の方向性に関しては、ほとんどの先生から好意的な応答をいただけた。
これは、ほんとうに励みになる。
だが、具体的な学生募集となると、そうした「全般的な了解やご好意」とは別の問題になるのも、また事実だ。
それゆえ、未だ、本学の苦戦状態から脱する感触はない、といわなければならないだろう。
とはいえ、「地域と共に学生を教育する」という、当たり前といえば当たり前の方向性への多様なエールは少なからずいただけたのだから、現時点では、これでよしとしなければならないだろう。
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September 06, 2008
周藤真也さんから「筑波社会学会第20回大会」の案内情報が寄せられたので、以下に開催する。
私は、これも、残念ながら、校務があり出席はできない。
当日は、本学で「キャンパス・セクハラ防止」に向けた講演会が予定されている。
筑波社会学会大会第20回大会のご案内
期日:2008年9月20日(土)
会場:筑波大学大塚キャンパスG206教室
(交通:東京メトロ 丸ノ内線 茗荷谷駅下車徒歩3分)
13:30~14:00 第20回定例総会
14:30~17:30 第20回定例研究会
ワークショップ:東アジアにおける公共性の生成と変容
報告:
(1)赤江 達也 氏(国立高雄第一科技大学 助理教授)
記憶の改築とその痕跡:台湾の追悼施設・忠烈祠をめぐって(仮)
(2)陳 〓蓉 氏(筑波大学大学院人文社会科学研究科社会科学専攻博士課程)
服装と組織イメージ生成:台湾慈済基金会を事例として(仮)
(3)穐山 新 氏(筑波大学博士特別研究員・早稲田大学文化社会研究所客員研究員)
近代中国における群衆と公共性:五四運動における都市空間の変容と
「人民」のナショナリズム
※〓は、「女」へんに「几」「一」「巾」
コメンテーター:本田 親史 氏(明治大学/法政大学)
司会:野上 元 氏(筑波大学)
【企画趣旨】
今年の筑波社会学会大会のワークショップは「東アジアにおける公共性」をテーマにする。特にここ数年、東アジアの隣国についてのニュースに接しない日はないといってよいほどで、その情報量の激増には驚くばかりである。日々マスメディアやインターネットで、偏見やステロタイプの単純再生産とさえいえるようなイメージも流通しているが、その理由は、情報量が少ないからでも、逆に多いからでもなく、接触面の増大という変化のただなかにあることからくるものなのだろう。
だから今回の企画は、たんに地域としての東アジアを考えようというだけであくまでもむしろ「東アジア」という視線をつくりあげる私たちの社会学的な想像力について考えようというものである。つまり、東アジアに接していこう
とする我々の世界観や視線じたい(とその変化)を扱おうと考えているのだ。その手がかりとして、東アジアの社会性(公共性や共同性、ナショナリズムや消費文化)が様々なかたちで見え始めているのだとすれば、それぞれの領域の特性に応じて、それらをもう少し丁寧に考えてみたい。ヨーロッパ起源のそれら社会学用語がどのように溶解したり再生したりしているかが見物である。
当日は、3人の方に報告をお願いしている。まず、赤江達也氏には、台湾における国家追悼施設と日本統治の残像の関係、そしてその靖国神社との関連の考察という極めて繊細な事例について論じていただく。次に陳〓蓉氏には、現代台湾における宗教非営利団体とも呼ぶべき慈済基金会のメンバーが着用する制服(ユニフォーム)とその社会的機能を通して、同基金会の組織イメージ戦略が現代台湾社会と「選択的な親和関係」を取り結んでいるさまについて論じていただく。そして最後に、思想/社会運動としての中国ナショナリズムの歴史を、中国の都市空間の構成/再構成との関係に即して考察している穐山新氏に報告していただく。
また、これらの報告に対するコメンテーターとして、東アジア(特に台湾・中国)についての/におけるイメージの生成やマスメディアの動態に関して数多くの業績のある本田親史氏に登壇していただき、論点を与えていただくことになっている。
東アジア(特に中国や台湾)を題材としつつ、公共性や共同性、ナショナリズムや(マス・)メディアをキーワードにすることで、私たちの社会学の想像力やリアリティを反省的に再考する、というのが本ワークショップの趣旨である。
※〓は、「女」へんに「几」「一」「巾」
連絡先:筑波社会学会事務局(tss@social.tsukuba.ac.jp)
※会員であるか否かを問わず、ご参加いただけます(参加費無料)。
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September 05, 2008
以前に、このブログでも稚内市立潮見が丘中学校の校長である坪内晃先生について書いたことがある。
前回の「坪内晃先生」はこちら ⇒。
その坪内先生と、昨日の午後にまとまって話す機会があった。
すぐに過ぎた1時間だった。
相変わらず、かれの話は愉快だ。
何がと問われれば、基本的に、視点がおもしろいのだとおもう。
私も、少なくとも社会学者のはしくれだという自負はあるので、「自明性への問い」などを語ったりしているが、かれの視点には、既成とされるところを、微妙に、だが決定的にズラスところがある。
潮見が丘中学校と本学とは、まさに真隣なのだが、本学が少しの落差で高所といった位置関係にある。
じつは、この夏前に先生から、両校を隔てている傾斜面に「階段を付けて、行き来をもっとスムースにしよう」、というご提案をいただいていた。そこは登記上、本学の敷地ということになるので、問題は本学の判断ということになるのだが、とはいえ、じつは、それでも「大問題」は存続したままなのだ。
というのも、階段を付けるとなると、やはり工事をしなければならない。
むろん、本学にそんな資金はない。
だから、「とても素敵なアイデアではあるが、実現可能性は、そう高くはない」、というのが、当初の私の判断だった。
この「現実を踏まえた大人の判断」が、そもそも既成とされる事態を前提化していると痛感させられたのは、その後しばらく経ってからのことになる。
結論からいうと、これは、もう私の発想の域を完全に超えている。
先生はPTAの方々と語らい、労働力と技術力など、「決定的な諸問題」を一挙に解決されたのだ。
しかも、それは、まさに本物の技術力なのだから、附言すべきものは何もない。
何しろ、工事に当たられるのは、中学校のお父さん方という立場にある、建築関係の専門家の方々なのだ。
「9月7日(日)午前8時30分」に「新しい階段建設」着工の「鍬入れ式」が行われる予定だという。
そこには、「子育て大明神」も光臨されるようなのだが、そこに「神道」の諸形式を嗅ぎつけて、はらはらしてはいけない。それは「習俗の範囲内」だからだ。
かれの笑顔からは、こんなメッセージが聞こえてくる。
というわけで、田舎も悪くない。
何しろ、愉快だ。
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September 03, 2008
かなり仰々しいタイトルにしてしまったが、自分自身の卑近な出来事に歴史性が与しているとする視点は、別段に「歴史主義」を語るまでもなく、むろん、社会的な認識にとって前提的な了解だとおもう。
だが、こうした一般的な論点が、やはり問題を創りだしていることを忘れてはならないだろう。
ここで「問題」というのは、簡単にいえば、言説形成による「ミスリーディング」ということになる。
これは、別様に、歴史性の時間幅をつねに考慮に入れなければならないと換言してもよいだろう。
ここで気になっているテーマは、ここのところ、あれこれと私の頭を悩まし続けている「大学」である。
これを「歴史性」に付随する仕方で述べれば、はたして日本において、大学はつねに「学校」であったのだろうか、それとも「ある種の普遍性へと向かう共同体あるいは連合体」という理念を、たんなる輸入品以上のものとして、つまり、一定の土着化なり、それなりの着地点を保持しえたものとして現実化しえたのだろうか、という論点として定式化できるだろう。
むろん、近年の「大学改革」と称される指針が「大学の学校化」一辺倒であることは、私も充分に承知しているし、それには、一定の異論がないわけではないが、それでも、「時流だから仕方がない……」といった諦念よりも、より積極的な合理性を感じてもいる。
なぜなら、大学は実際的に、つまり制度として「学校」であるからだ。
この定点は動かしようがない。
それを永く許容しておいて、同時に、ある種の理念性も保存させようとしてきた、これがいわゆる「大学人」の無自覚なままの基本的なスタンスであったとおもえるからだ。
これを、普通は、典型的な「虫のいい話」というのだとおもう。
だから、大学は、すっきりと「学校化」したほうがよい。
そうはおもいつつも、ノスタルジーとは位相を異にする仕方で、この方向性だけでは窒息すると感じる。
とはいえ、大業な「歴史性」を振りかざして自己正当化する愚行は、みていて、どうにも嫌気が差す。
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September 01, 2008
2週間前より知人の強い勧めもあり「鍼治療」を受けている。
なかなか良好。
以前に受けていたものとは、たぶん「流派」がちがうのだとおもう。
何しろ、加療中に、具体的に、それなりの鈍痛が伴うのだ。
これには少し逃げたくなるのだが、それでも、翌日のだるさの後には、妙な「爽快感」というか、「腰が軽くなる感触」がある。
そんなわけで、今週末にも予約を入れていただいた。
費用はかかるが、それでも良好に向かうならば、むしろ安いとおもうべきだろう。
加療者は豊富町在住の先生なのだが、おそらくは「鍼オタク」とみた。
「良くなること」に、かれの鍼が関与すること自体が、どこか楽しげなのだ。
むろん専門家であってみれば、それはどこかに必ず「高度のオタク度」をみることはできるはずだが、かれの場合は、そうした一般的な準位ではないようにおもえる。
「……ほらっ、ここにもしこりが……」といった朴訥な語り口の中に、かれの自信と「オタク的悦び」が顕現する。
それは、なかなか見事な展開におもえる。
いずれにせよ、快方に向かっていると実感できる。
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